何が公開されたのか

2025年9月、書籍『AI Snake Oil』刊行から1年の節目に、第1章(序論)30ページがオンラインで無料公開されました。著者のArvind NarayananとSayash Kapoorは、刊行後に新プロジェクト「AI as Normal Technology」を立ち上げ、ニュースレター名もこれに合わせて変更しています。本書はNatureの「2024年ベスト10」、Bloombergの「2024年ベスト49」、Forbesの「必読テック書10」に名を連ね、The New YorkerやThe Telegraphでも取り上げられました。

「AI Snake Oil」という補助線

著者は「AI」を単一の技術ではなく、ゆるく関連する技術群の総称(umbrella term)と捉え、章ごとに別物として論じます。中核概念である「AI Snake Oil(蛇油=インチキ薬)」とは、機能しない、あるいは原理的に機能し得ないAI応用を指します。例として、被告の出廷可否、患者のリスク、学生の中退といった「個人の未来予測」を担う予測AIが、採用・融資・保険・教育で使われている現状を批判的に検証しています。

「動いても害になるAI」という第二の論点

本書のもう一つの軸は、技術的には機能していても社会的に有害なAI、たとえば大規模監視に使われる顔認識です。第6章ではコンテンツモデレーションにAIだけで対処できない7つの理由を、第5章では実存的リスク論を冷静に評価。第7章は「企業・研究者・ジャーナリスト」がAIの神話を強化する構造を解剖しています。煽りでも全否定でもなく、用途ごとに**「効くか/効いても害がないか」を分けて問う**フレームが本書の骨格です。

💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか

日本の事業会社、特にSaaS・受託開発・人事テックの経営層にとって本書は「PoCの判断軸」として直接効きます。第2章で槍玉に挙がる予測AI(与信、離職予測、HRテック、保険引受)はまさに日本企業が今、現場導入を急いでいる領域です。役員が問うべきは「精度何%か」ではなく、「この問題は原理的に予測可能な問題か」。気象は予測できても個人の人生・カルチャー商品のヒット・パンデミックは予測できない――この区分(第3章)を内製化できれば、ベンダー提案の「AI離職予測9割」といった訴求を一段深く査定できます。

受託開発側にも示唆があります。クライアントが「AIで採用を効率化したい」と言ったとき、Snake Oilに加担して短期売上を取るか、用途を再設計して長期の信頼を取るかが分岐点になります。生成AIと予測AIを「AI」と一括りにして提案する慣行は、3年後にレピュテーションリスクとして跳ね返ります。今のうちに社内のAI用途分類(生成/予測/識別/監視)と、それぞれの責任範囲・撤退基準を文書化しておくべきです。EU AI法と同様の規制が日本でも具体化する局面で、この整理が効いてきます。

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