何が起きたか
人材コンサルのChallenger, Gray & Christmasによれば、先月のテック業界の人員削減は約4万人と2年ぶりの高水準で、3カ月連続でAIが最多の削減理由に挙げられました。Block、Atlassian、Cloudflareなど「AIを理由に挙げた企業」の株価は上昇しています。
「AI起因」への懐疑
Blockは年初に約半数を削減しましたが、CEOのJack Dorseyは当初AIツールが原因と説明し、後にパンデミック期の過剰採用を認めました。Marc Andreessenは「大企業は25〜50〜75%過剰雇用されており、AIは便利な『シルバーブレットの言い訳(silver bullet excuse)』だ」と発言。経済学者の多くは関税、中東情勢、景気不透明感こそが企業の慎重姿勢の実態だと指摘します。
もう一方で進む「桁外れの富の集中」
先月NasdaqにIPOしたCerebras Systemsは初日に公開価格185ドルから68%上昇し、時価総額は約670億ドル、2020年のSnowflake以来最大の米テックIPOとなりました。共同創業者のAndrew FeldmanとSean Lieは当日に億万長者入り(株価はその後30%下落)。さらに金曜にはSpaceXが時価総額2.1兆ドルで上場し、Elon Muskは紙上のトリリオネアに、推定で4,400人のミリオネアと約400人のセンチミリオネアを生み出しました。AnthropicとOpenAIも約1兆ドル規模の評価で公開市場に向かっています。
2008年の既視感
サンフランシスコの高級住宅は希望価格を数百万ドル上回って取引され、Mark Zuckerbergは3月初旬にマイアミの「Billionaire Bunker」で1.7億ドルの邸宅を取得、Miami-Dade郡の史上最高記録を更新しました。その2カ月後、Metaは8,000人(全社の約10%)の削減を発表しています。一方で雇用主提供の健康保険料は今年6〜7%上昇しインフレ率の倍超、住宅価格は2020年初頭比28%上昇、住宅ローン金利はほぼ倍、民間医療保険費は2008年以来約2倍。1月のNYT/Siena世論調査では65%が「中流の生活は手の届かないもの」と回答、76%が生活コストを最大の経済懸念に挙げ(1年前の58%から上昇)、TechCrunchは2008年金融危機の3年後にOccupy Wall Streetが噴出した構図との類似を指摘しています。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
日本の事業会社にとって、これは「AIで人を減らした」という発信のコスト構造を問い直す材料です。米国市場ではAIを理由に挙げると株価が反応する一方、Block事例のように後から「実は過剰採用だった」と訂正されるケースが出ており、IRメッセージとしての賞味期限は短い可能性があります。
国内SaaS・受託開発・大手SIerの経営層が今やるべきは三つです。第一に、人員計画の説明を「AI生産性向上」に依存させず、需要見通し・粗利率・受注残といった事業ファンダメンタルズで語れる形に整えること。第二に、ECや人材、広告など人件費比率の高い事業では、米Andreessenが指摘する「25〜75%過剰」論を自社の階層別人員密度に当てて検証する作業を内製化すること。第三に、AIで職を失う層と、AI投資で資産を増やす層の分断が政治リスク化する局面に備え、社内向けには「AI導入とリスキリング投資の両輪」を、社外向けには雇用維持の数値KPIを併記する開示設計を準備しておくことです。米国の「AI=削減口実」という空気が国内に流入する前に、自社の物語を作り直す側に回るべき局面です。