何が起きたか
北京の高度技術地区・中関村で先週、北京智源人工知能研究院(BAAI)が主催する大型AIカンファレンスが開かれた。再帰的自己改善やヒューマノイドロボットといったフロンティア領域がテーマで、公開鍵暗号の共同発明者Whitfield Diffieや、強化学習でチューリング賞を受賞したAndrew Bartoが顔をそろえた。
会場の通底テーマは「米中はAI覇権争いを横に置き、フロンティアAIのサイバー・システミックリスクに共同で対処すべきだ」というものだった。MITの計算機科学者Stephen Casperはビデオ登壇で、「AIはグローバルな技術であり、便益も害も国境を越える」と指摘し、冷戦期の米ソによる核リスク管理の協調を引き合いに出した。
なぜいま「協調論」なのか
背景には米国の規制強化がある。米政府はAnthropicに対し、最上位モデルであるMythosとFable 5への外国人アクセス遮断を命じ、Anthropicは結果として全ユーザーへのアクセスを取り消した。WIREDは以前、中国との関係が指摘される韓国の通信大手が懸念対象だったと報じている。
一方、中国側ではMoonshotのKimi、AlibabaのQwen、Z.aiのGLMといった高性能オープンウェイトモデルが台頭。最新のGLM 5.2はフロンティア級のエージェント・コーディング能力を備えるとされ、米国もNvidiaのNemotronなどでオープンウェイト戦略を立て直している。
共通の敵としての「攻撃用AI」
上海交通大学のLin Yun教授は、ハッカーが短期的には優位に立つが、AI駆動の防御策が長期的には均衡を取り戻すと予測した。実際、中国の大手セキュリティ企業360 Security Technologiesは今週、Mythos並みのハッキング能力を持つAIモデルを開発したと発表している。
Yun氏は、オープンモデルが最新で、バックドアや脆弱性を含まず、安全基準を満たすことを保証する新たな仕組みが業界に必要だと指摘した。匿名の中国大手AI企業関係者は、セキュリティ懸念がオープンソース公開を控える理由の一つだと明かしている。協調の余地は、機微な運用情報を晒さずにシステミックリスクを下げる領域にあるという主張だ。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
日本の事業会社にとって、この構図は「米中どちらのAIを使うか」という二者択一の話ではない。第一に、Anthropicの外国人アクセス遮断は、日本法人や海外拠点を持つ企業にとって、フロンティアモデル依存の事業計画が一夜で崩れうるリスクを示した。SaaSベンダーや受託開発企業は、Mythos・Fable 5級モデルの代替経路(Bedrock経由、Vertex経由、あるいはQwen・GLMなど中国系オープンウェイト)を実機検証し、契約書の地政学リスク条項を見直すべき局面だ。
第二に、360 SecurityがMythos並みの攻撃用AIを開発したとの発表は、ECや決済を持つ事業会社にとってフィッシング・脆弱性スキャンの自動化が現実の脅威に入ったことを意味する。CISO不在の中堅企業ほど、AI生成コードのSAST/DAST、エージェントのツール利用ログ監査を半年以内に整える必要がある。
第三に、オープンウェイトのバックドア検証問題は、日本の受託開発業界に「モデル来歴(Model SBOM)」という新しい納品物を要求し始める。経営者は「どのモデルを使うか」だけでなく「そのモデルの安全性を誰がどう保証するか」を契約条件に組み込む必要がある。