何が起きたか
5月下旬、Athensのテックフェスティバルで、Index Ventures共同創業者のNeil Rimerが「AIの周りに積み上がる富は、いずれ何らかの形で再分配される」と語りました。彼の言葉は「自発的か、強制的か、どちらかだが、必ず起きる。自発的であることを願う」というものです。テック業界のリーダーがその主導役を担えるはずだ、とも付け加えています。
Rimerは2021年に第一線の投資業務から退き、妻の故郷であるGreeceで過ごす時間が増えています。Indexは創業以来およそ150億ドルを外部投資家から調達し、昨年はFigmaのIPOやGoogleによるサイバーセキュリティ企業Wiz買収などで、報道ベースで約90億ドルを得たとされます。つまりRimer自身が「いずれ分け合う必要がある」と語る富の直接の受益者です。
なぜ重要か
注目すべきは、これが一人の投資家の道徳論に留まらない点です。彼の予言は、複数の統計と政策の動きに裏打ちされています。米国では上位1%世帯の資産シェアが昨年第3四半期に31.7%へ達し、Federal Reserveが1989年に集計を始めて以来の最高値を記録しました。これは上位10%を除く残り90%世帯の合計とほぼ並ぶ水準です。経済学者Gabriel Zucmanの試算では、1910年ごろに米国最大級の4資産がGDPの4%だったのに対し、現在の同じ層(19世帯)は14%に膨らんでいます。
AIはこの集中を加速させています。Forbesの2026年版はAnthropicもOpenAIも上場前の段階で、45人の新たなAIビリオネアを数え、合計2.9兆ドルと算定しました。Business Insiderは、両社のIPO完了後、従業員の資産だけでSan Francisco都市圏の住宅の約3分の1を買えると指摘しています。
慈善は縮み、税は迫る
象徴的なのは、従来の「自発的再分配」の仕組みが機能不全に陥っていることです。Warren BuffettとBill Gatesが2010年に始めたThe Giving Pledgeは、最初の5年間で113家族が署名したのが、その後72、43、そして2024年は通年でわずか4家族まで落ち込みました。米国の寄付総額は2024年に5925億ドルと過去最高を更新した一方、寄付する人の数は5年連続で減り、2024年は4.5%減。富裕層世帯の寄付率も2017年の90%から昨年81%へ下がっています。
Indexが投資するAnthropicは従業員の株式寄付を最大25%までマッチングしますが、ファイナンシャルプランナーのAlex CaswellはBusiness Insiderに、新たに富を得た顧客の多くは慈善を計画に組み込まず、エンジェル投資や起業に向かっていると証言しています。Elon Muskは自らの事業が「フィランソロピーそのものだ」と述べています。
自発が細るなら、強制が来る──それが「involuntary」の意味です。今年California州では、州のビリオネアを対象にした5%の一度限りの富裕税が住民投票にかかります。この税は今暦年末時点の全世界資産で純資産を算定するとされ、OpenAIが2027年の上場を検討する理由の一つに挙げられています。Sergey BrinとLarry Pageは主たる住居をSouth Floridaに移しました。歴史を振り返れば、1930年代半ばにHuey Longの「Share Our Wealth」運動が支持を集めた際、Franklin Rooseveltは最高限界税率を最大79%まで引き上げる「金持ち課税」で応じています。Rimerが見ているのは、この繰り返しの予兆かもしれません。
出典: TechCrunch
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
日本の事業会社にとって、これは対岸の火事ではありません。第一に、米国AIスタートアップの富の集中と富裕税論争は、AI関連企業のバリュエーションと上場タイミングを揺らします。OpenAIの2027年上場検討が税制を理由に挙げる以上、日本のCVCや事業会社が保有するAIスタートアップ持分も、出口の時期や課税地の選択に影響を受けます。海外AIベンダーへの依存度が高いSaaSや受託開発企業は、提携先の資本政策が急変し得る前提で契約・代替調達を設計すべきです。
第二に、富の集中への社会的反発は「AI企業=防衛産業やタバコ会社のように見られる」という評判リスクに直結します。Rimerが自分の子の世代の見方に危機感を示した点は示唆的です。国内でもAI導入による雇用・格差への視線は強まります。EC・SaaS各社は、AI活用による効率化の果実をどう従業員や顧客・社会に還元するかを、後追いの規制で強制される前に自発的に設計しておくことが、採用力とブランドの防波堤になります。経営者は「稼ぎ方」と同時に「分け方」を経営アジェンダに載せる段階に来ています。