何が起きたか
VB Transform 2026で、TargetのSVPであるSiobhán Mc Feeney氏が同社のAIエージェント運用の内側を語りました。主張は明快です。「モデルは優れているし重要だが、競争優位となるには十分ではない」。優位性の源泉(moat)は、モデルの周囲に組み上げたアーキテクチャ、タクソノミー、データガバナンス層、自律性レベル、セキュリティ、オブザーバビリティの総合体だと位置づけています。
Mc Feeney氏は自ら「controversial(議論を呼ぶ)」と認めた上で、こう述べています。あらゆる企業がAIエージェントを欲しがっているが、すべてがエージェントを必要としているわけではない、と。
エージェントは「自律性を獲得する」
Targetの設計思想を貫くのは、エージェントは自律性をデフォルトで与えられるのではなく、時間をかけて獲得するという原則です。自律性は4段階のはしごとして構造化されています。行動せず観察だけを行う段階、行動を提案して承認を待つ段階、定義されたガードレールの内側で行動する段階、そしてエンドツーエンドで走る段階です。最上位はTargetが現在運用している到達点ですが、そこにも人間がループに残ります。
重要なのは、この階段が上りだけではないことです。期待どおりに機能しないエージェントは自律性レベルを失い、ドリフトしたモデルは運用から外されます。Mc Feeney氏はこれを、人間が追加の責任を手渡されるのではなく能力を証明して自律性を得ていくプロセスに重ねています。データ、システム、テーブル、データベースへのアクセス権は自律性とは別問題として扱われる点も見落とせません。
「エージェントが必要か」から始める設計プロセス
構築プロセスは問題の定義から始まります。次に問うのは、その問題にエージェントが必要なのか、必要ならどの型か(オーケストレーター、スーパーエージェント、ドメイン特化型)、それとも実は単なるツールで足りるのか。ここを前段で決めた上で、エージェントを登録・認証します。「プロセス過多に聞こえるかもしれないが」と前置きしつつ、Mc Feeney氏はこの手順を必須としています。目的の一つは、すでに存在するかもしれない解決策の重複開発を避けることです。
設計対象はトリガー(自動化、エンジニア、タイマー)と、それに対して敷くトラッキングにまで及びます。そしてエージェントの「誕生」から一貫した系譜(lineage)を維持します。理由は具体的で、午前2時に何かがおかしくなったとき、何が起きたのかをすべて理解できるようにするためです。
測るのはランタイムとレイテンシではない
オブザーバビリティは選択肢ではありません。継続的な評価なしにエージェントは問題を解決しないし改善もしないからです。Targetが測るのは、そのエージェントが何を意図されていたか、キャリブレーション、そしてトラジェクトリ(軌道)です。ランタイムとレイテンシだけではありません。精度、ドリフト、意図したゴールへの近さを科学的に測定・定量化できるからこそガードレールが引ける、というのがMc Feeney氏の論理です。そしてガードレールがあるからビルダーは速く動ける——「go fast forever」という表現が使われています。
モデル選定にも同じ現実主義が働きます。モデルには異なる「グラデーション」があり、数十億件規模のデータを処理する重いマーチャンダイジング・サプライチェーンのような複雑なタスクではフロンティアモデルが力を発揮する一方、コストが見合わないこともある。「常にコストベネフィットがあることを確かめる」というわけです。
海岸から2マイルの店舗が示したこと
最も示唆的な事例が、今夏のロングビーチにあるTarget3店舗のメンズショーツ在庫予測です。デジタルツインによるシミュレーションは、1店舗について他店の6〜7倍の在庫が必要だと算出しました。在庫アナリストは当初、その推奨はあり得ないと考えました。しかしシステムは、その店舗が海岸から2マイル未満に位置し、他の2店舗は内陸10〜12マイルにあることを捉えていました。アナリストは推奨を通し、在庫は売り切れました。
この事例が語るのは予測精度の高さだけではありません。人間側の「あり得ない」という直感が、実は解像度の低さだったという構図です。エージェント運用の要は、人間が納得できるまで説明を要求できる状態——つまり系譜と測定——を先に作っておくことにあります。Mc Feeney氏の「これは科学だ。人間がやるより数学的に有意で、確信を持てる」という言い方は、その裏返しでしょう。
変わるのは組織と職能
変化の多くは文化面だと同氏は指摘します。労働力の構成は組み替えられ、ビルダーやエンジニアには人間の働き手とAIシステムを並行してマネジメントする新しいスキルが求められます。チームは誰も予測できなかった速度で動いており、だからこそ評価ハーネスの整備とエージェントの登録・追跡が必要になる。自律性が高くても、何かが起きたときにビルダーは説明責任を負い続けます。
Mc Feeney氏はこのキャリアの進化を「super exciting」と表現しました。「あなたはビルダーだ。エージェントが構築するのを観察し、同時にエージェントが構築するのを観察する人間をコーチしている」。
出典: VentureBeat
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
日本企業のAI投資は「どのモデルを使うか」の議論に偏りがちですが、Targetの主張はその逆を突いています。競争優位はモデルの外側——登録・認証、系譜、自律性の段階管理、評価ハーネス——にある。つまり調達で買えないものです。
小売・ECの事業責任者にとって示唆は直接的です。ロングビーチの事例が示したのは、店舗単位・立地単位の需要差を人間の商品部が過小評価しているという構図です。全社一律の在庫配分ロジックを持つ企業ほど、デジタルツイン化の余地は大きい。ただし前提は、推奨を現場が却下できる/通せる判断基準と、その根拠を後から追える記録です。
SaaS・受託開発の経営層はもっと生々しい影響を受けます。顧客企業が「エージェントを登録・認証し、自律性レベルを付与し、精度とドリフトを測る」運用を求め始めれば、納品物の定義が変わります。エージェント1本を作って納めるのではなく、評価ハーネスと系譜の仕組みごと提供できるか。ここが受注単価と参入障壁の分かれ目になります。
今すぐ動くべきは3点。すでに走っているPoCの棚卸しをして「これは本当にエージェントが必要か、ツールで足りるか」を問い直すこと。ランタイム以外の指標(意図との一致、ドリフト)を定義すること。そして自律性の段階を決め、降格ルールまで書いておくことです。降格ルールのないAI導入は、事故が起きたときに全停止しか選べません。