何が起きたか
2023年にMIT出身の研究者らが設立したLiquid AIが、エージェント用途に特化した26億パラメータのオープンウェイトモデル「LFM2.5-2.6B」を公開しました。コンテキスト長は128Kトークン、ネイティブのツール呼び出しに対応し、メモリ消費は2.5GB未満。Apple M5 Maxで毎秒約220トークン、AMD Ryzen AI Max+ 395で113トークン、スマートフォン上でも毎秒30トークン前後で動くとしています(いずれも同社計測)。Hugging Faceでファインチューニング用のベースチェックポイントも同時公開され、llama.cpp、MLX、vLLM、SGLang、ONNXに初日から対応しています。
事前学習は約34兆トークン。語彙を128Kへ倍増して非ラテン文字圏の表現力を強化した点は、日本語運用を検討する側にとって無視できない設計判断です。ポストトレーニングは教師特化、多領域オンポリシー蒸留(MOPD)、そしてHermes AgentやOpenClawといった実運用のエージェントハーネス内で行う強化学習まで含む4段階構成でした。
なぜ重要か:ベンチマーク順位ではなく「置ける場所」の競争
同社はフロンティアモデルの対抗馬を名乗っていません。ポストトレーニング責任者のMaxime Labonne氏は「最良のモデルはクラウドにある。それでいい」と述べたうえで、「クラウドモデルが使えないときに使うもの」がエッジAIだと定義しています。
この割り切りは数字に表れています。指示追従系(IFBench、Multi-IF、IFStruct)は全勝、ツール利用もBFCLv4でQwen3.5-9Bに譲る以外はほぼ首位。一方で数学(AIME25)とコード(LiveCodeBench)はQwen勢が優位です。つまり「考えさせる」用途ではなく、「決められた手順を高頻度で正確に回す」用途に最適化されている。ローカルAIクライアントのAtomic Chatによる別テストでは、6都市の天気と現地時刻の確認、1つの予算の6通貨換算、4ホテルの照会と予約という3タスク・計35回のツール呼び出しを、284BのDeepSeek-V4-Flashより3.7倍速く完了しました。
モデルではなくハーネスを差し替える
本件で最も実務的な示唆は、Labonne氏の設計思想です。「モデルが苦手なことは、すべてハーネスが助けるべきだ。エンドユーザーはモデルかハーネスかを気にしない」。同氏はカレンダーアシスタントを、モデルはそのままにツールとハーネスだけ差し替えてGranola的な会議アシスタントに転用できると説明します。小型モデルを起点にすると、投資対象は「モデル選定」から「ツール定義と実行基盤の設計」へ移る。ここは自社に蓄積が残る領域です。
見落とすと痛いライセンス
Gemma 4とQwen3.5はApache 2.0、DeepSeek-V4-FlashはMITライセンスですが、LFM2.5-2.6Bは独自のLFM Open License v1.0です。改変・再配布・商用利用が自由なのは年間売上1,000万ドル未満の組織で、それを超える企業はLiquid AIとの個別契約が必要になります。先月公開されたMoonshotのKimi K3と同様、法務レビューを前提に置くべき条件です。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
経営判断として効くのは3点です。第一に単価構造。同社報告ではH100 1枚で毎秒約15,000トークン、1日あたり約13億トークンを処理できるとされ、問い合わせ一次仕分けや商品説明生成のような定型・大量処理をAPI従量課金から自社推論へ移す試算が現実味を帯びます。ECやSaaSで月間数千万トークンを消費している事業なら、まず「巨大モデルでなくても成立するタスク」の棚卸しから始めるべきです。
第二に配置場所。2.5GB未満・スマートフォンで毎秒30トークンという条件は、医療・金融・自治体案件のようにデータを外に出せない領域、あるいは車載・ロボティクスなど通信が細る現場で、これまで「AI化を諦めていた工程」を候補に戻します。受託開発事業者にとっては、オンプレ/エッジ実装が単なるコスト削減案件ではなく、ハーネスとツール設計という再現性のある提供メニューになり得ます。
第三にライセンス。年商1,000万ドル未満という閾値は、日本の中堅以上の事業会社の多くが最初から超えています。PoCで動かして本番直前に個別契約が必要と判明する事故を避けるため、技術検証の起票時点で法務を同席させてください。Apache 2.0のGemma 4/Qwen3.5を対照群として並行検証しておくのが実務的な保険です。