何が起きたか

ニューヨークを拠点とし、表に出ることの少ないベンチャーキャピタルThrive Capitalが、創業15年目にして初の投資家向けレターを作成し、その内容がBloombergにリークされました。書き手は創業者のJoshua Kushner氏です。

開示された数字は、運用資産600億ドル、全ファンドを通したグロスIRR41%、ネットIRR33%。直近12か月で投資家に10億ドル超の流動性を返しており、Kushner氏は「今後数四半期でさらに数十億ドル規模の流動性の機会があり得る」と記しています。2022年に組成した5億1,600万ドルの初期段階ファンドはOpenAI、Anduril、SpaceXに早期に賭け、6月末時点で37億ドル超の価値になったとBloombergは伝えています。

なぜ重要か

このレターの核心は、成績自慢ではなく手法の宣言にあります。Kushner氏は「機会の大きさを言い過ぎるのは難しい」とAIの可能性を認めた上で、「興奮が投資規律を弱めるのは、我々の考えでは重大な過ちだ」と釘を刺しました。さらに、シリコンバレーでは業界が「技術が最終的にどこへ向かうか」ではなく「超・漸進的な技術の変化」に固執しがちだ、と踏み込んでいます。

これはMarc Andreessen氏らが体現してきた「アウトライヤー(外れ値)」の前提への異議です。多数に賭け、大半では損をし、少数の大当たりが全体を賄う——この考え方の下では、投資家は常に「次のOpenAI」を探し続けることになり、パンデミック後の停滞期には「将来の大当たりに見えない」スタートアップへの継続支援が打ち切られました。Thriveは逆に、ステージ・セクター・地域では機会主義的でありつつ、少数の人と構想には深く集中する、と主張します。「あらゆる急成長企業が例外的なわけではない。そしてあらゆる例外的な企業が、どんな価格でも良い投資になるわけではない」というくだりが、その規律の実体です。

「外から壊す」から「内から変える」へ

もう一点、経営者が読むべきなのは、Kushner氏がVCの自己定義そのものを退けた箇所です。彼は、VCは既存企業を破壊する商売だというシリコンバレーの通念を否定し、多くの産業は外から破壊されるだけでなく、内側から変革される、と書いています。

これは言葉だけではありません。2025年12月、OpenAIがThriveのスピンアウトであるThrive Holdingsに出資し、投資家と投資先の関係が逆転しました。Thrive Holdingsは企業を買収してOpenAIと組み、AIで作り替える事業体で、これまでに70社超を買収し、35人のエンジニアを抱えます。取引にはOpenAI側が専任の従業員をThriveの傘下企業に張り付ける取り決めも含まれます。

Kushner氏が挙げた成果は具体的です。会計プラットフォームではエージェントが税務申告書の作成を30%高速化し、精度は98%。ITサービス会社ではヘルプデスクのチケットの半分をエージェントが自力で解決しているといいます。新規のスタートアップに賭けるのではなく、既存の中堅企業を買ってAIで作り替える——「内から変える」の実装形がこれです。

数字の読み方

比較材料として、Andreessen Horowitzが2009年から2025年にかけて投資家に返した金額は250億ドル(Eric Newcomer氏が報じた直近のリーク情報)です。規模も年数も前提が異なるため単純比較はできませんが、Thriveがあえて流動性の実績を先に出した意図は読み取れます。SpaceXのIPOは始まりに過ぎず、OpenAI自身も株式公開へ動いており、Cursorの売却も完了しました。回収局面が来るという見立てを、数字で先に置いた形です。

ただし、この集中戦略が誰にでも真似できるわけではない点は押さえるべきです。TechCrunchが指摘するように、ニューヨークの不動産で財を成した富豪一族の息子が持つアクセスがあってこそ成立する面があり、小規模で新興のシードファンドが同じ賭け方をするのは容易ではありません。集中は、案件を選べる立場にある者の特権でもあります。

💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか

日本企業の役員が持ち帰るべきは、VCの内輪話ではなくThrive Holdingsの型です。新規事業でAIスタートアップを立ち上げるより、既存の中堅企業を買ってエージェントで作り替えるほうが早い——70社超の買収と35人のエンジニアという構成比が、その主張を数字で示しています。人手不足の会計事務所、ITサポート、物流、保険代理店といった「オペレーションが利益の大半を決める業種」を持つ企業は、自社のPMI(買収後統合)にAI改造を最初から織り込む設計に切り替える価値があります。

受託開発・SIerには両義的です。ヘルプデスクの半分がエージェントで自走するなら、運用保守の人月モデルは直撃を受けます。一方で「買った会社をAIで作り替える」実装需要は増えるため、人月請けから成果報酬・改造請負へ契約形態を移せるかが分岐点です。SaaS事業者は「税務申告30%高速化・精度98%」のような業務指標での訴求に競合が移ることを前提に、機能一覧ではなく処理時間と精度をKPIに置き直すべきです。

投資・CVCの立場では、Kushner氏の「あらゆる急成長企業が例外的なわけではない」は、そのままAI銘柄の社内審査基準に転用できます��今期やるべきは、AI投資案件の可否を「話題性」ではなく撤退基準付きで再定義することです。

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