何が起きたか
WIREDは、車両ナンバー読取カメラ大手Flock Safetyが警察向けに開発中のAIツール「OS Investigate」を、同社自身のログインページが配信していたコードから再構成しました。450本を超えるファイルには、ログイン後の画面のUI、69本のプリセット指示(プロンプト)、AIが呼び出せる45種のツール定義が含まれていました。ツール群はナンバー読取記録やカメラのメタデータに加え、逮捕記録、事件ファイル、110番(911)通報ログ、弾道検査結果、さらに社会保障番号・生年月日・電話番号・メールアドレス・親族や関係者を含む商用データベースにまで及びます。
Flockは長年、自社技術は「個人を認識・特定・追跡できない」と公言してきました。同社の信頼性ページも「人を見張るためのものではない」としています。今回の報道に対し、Flockは質問リストに回答せず、記載された機能を否定もしていません。広報のParis Lewbel氏はOS Investigateをナンバー読取技術とは別製品と位置づけ、少数の法執行機関パートナーと試験中で、正式提供までに機能やワークフローは大きく変わりうると説明しています。
なぜ重要か──「照合」から「探索」への反転
従来のFlockのモデルは単純でした。カメラが通過車両を撮影し、ナンバーを文字化し、警察の手配リストと照合する。リストになければ記録だけして放置する。つまり出発点は「特定の対象」でした。
OS Investigateはこれを反転させます。捜査員が入力するのは場所・時間帯・行動パターンだけ。ナンバーも氏名も事件も不要で、条件に合う「人」が返ってきます。プリセットには「過去14日間に特定地区で最も多く目撃された車両から目撃者を探す」というものがあり、出力されたナンバーは別ツールで氏名と自宅住所に変換されます。2年間に3回以上(麻薬関連を除く)逮捕された人物を一覧化し、居住地を地図化し、自宅への通報履歴を引き、「上位3名の身元調査を行え」と指示するプロンプトも見つかっています。
69本のうち19本は記録の照会ではなくパターンの探索を目的とし、14本は手がかりを一切必要としません。3日間に市内の小売店3か所以上を訪れた車両、1週間に複数の銀行を回った車両、深夜0時から午前5時に複数のガソリンスタンドに寄った車両——この種の5本は、対象者も事件も名指ししていません。しかも基盤ツールはバス・大型トラック・作業用バン・トレーラーを除外するため、同じ経路を回る配達車は対象外となり、残るのは一般のドライバーです。
「関係者」を機械が定義する
最も踏み込んでいるのが交友関係の推定です。1件のナンバーを入力すると、その車と「上位3名の関係者」の移動経路が描かれます。コードは既定で2分以内に同じカメラを通過した他のナンバーを数え、3回以上一致し、既定0.75の信頼度しきい値を超えたものを報告。1件の入力から最大20台を返します。つまり「同じ時間に同じ道を通っただけ」の人間関係が、数値のしきい値によって「関係者」として定義されます。
歯止めは薄いままです。既定では検索前に理由の入力を求めますが、フォームは内容も長さも問わないように見え、事件番号を必須にする部署でも3文字以上かのチェックしかありません。サーバー側に追加の検証があるかは、WIREDも確認できていません。コードには、モデルに与えられる指示も、サーバーが何を返し何を拒否するかも含まれていないためです。
評価は割れている
ACLUのJay Stanley氏は、Flockによる積極的なAI展開を、中国のように「できることと実際にやることの間の余白がほとんどない」状態だと評します。パイロット中に技術説明を受け、2024年にロードアイランド州議会で反対証言したNoel Pichardo氏(当時Pawtucket警察官、証言の数週間前に地元紙での批判で30日間の停職を受け、その後解雇手続きの中で辞職)は、プロンプトを見て「Flockは文字通り人を追跡している」と述べています。一方、カリフォルニアの匿名の刑事は「使える道具は何でも使う。論争の余地はない」とし、Flockが多数の車両窃盗事件を解決してきたと語ります。
背景には事業規模があります。Flockは月200億件のナンバー読取を記録し、月間アクティブユーザーは約14万人、直近の調達で企業価値は75億ドル。Andreessen HorowitzやFounders Fundが出資しています。CEOのGarrett Langley氏はこのツールを「常に起きていて、あなたを見守っている」犯罪アナリストになぞらえ、昨年デンバーでの警察幹部向けデモでは、現金輸送車を尾行する車を市内全カメラから1分足らずで探し出し、所有者と逮捗歴まで引く様子を示し、試した捜査員は「病みつきになる」と述べました。同時に同社は、超党派の政治的圧力、職員によるプラットフォーム悪用の記録、各地でカメラが切断・塗りつぶされる破壊行為にも直面しています。ジョージ・ワシ���トン大学のAndrew Guthrie Ferguson教授は、この種のシステムの登場は不可避だったと指摘しています。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
日本企業の役員にとって、この件は「他国の警察の話」ではなく自社が撒いているデータの再結合リスクの実例です。示唆は3つ。
第一に、単体では無害なログが結合されると別物になる点。Flockは「照合して終わり」の設計から「パターンで人を探す」設計へ反転しました。ECの購買・配送履歴、SaaSのアクセスログ、店舗のカメラ・Wi-Fi・決済データも同じ構造です。取得時の説明(利用目的)が旧モデルのままなら、AI機能を足した瞬間に説明と実態がずれます。プライバシーポリシーの文言更新ではなく、「このデータで誰を特定できてしまうか」を機能追加のたびに再評価する運用が要ります。
第二に、監査ログの実効性。OS Investigateは検索理由の入力を求めますが、事件番号は3文字あれば通ると報じられました。自社の管理画面の「操作理由」欄も、埋まっているだけで検証されていないなら同じです。SaaS事業者・受託開発ベンダーは、承認フローが形式か実質かをこの機会に点検すべきです。
第三に、露出面の管理。今回の分析は侵入ではなく、ログイン画面が返すフロントエンドコードだけで成立しました。未公開機能名・内部ツール定義・プロンプトがバンドルに残っていないか——受託開発を発注している側も、納品物のビルド成果物を確認する価値があります。「認証の裏だから安全」は成り立ちません。