何が起きたか
iOS 27の最初のパブリックベータが公開されました。今年のiOSは、かつてのmacOS「Snow Leopard」になぞらえられる地味なリリースです。新機能を増やすのではなく、バグ修正と高速化に振り切っており、アプリ起動、写真アプリの検索、AirDropの転送はいずれも速くなるとされています。メッセージアプリはインライン返信とRCSのエンドツーエンド暗号化に対応し、Liquid Glassは輪郭や文字まわりの可読性が改善されました。
ただし本命は別にあります。刷新版のSiri、いわゆる「Siri AI」が、オプトイン(利用者が自ら参加を選ぶ)のベータプログラムとして同梱されたことです。
操作の順序が逆になる
Siri AIの本質は、機能追加ではなく操作モデルの反転にあります。これまでは「アプリを開いて、そのアプリに何をさせるかを指示する」順序でした。新しいSiriでは「やりたいことを言うと、Siriが使えるアプリと情報を横断して探す」順序になります。
6月上旬から検証しているThe VergeのDavid Imel記者の例が分かりやすいところです。3組が出演する4時間の無料コンサートのページを見ながら「バンドはどの順番で演奏するの?」と尋ねると、Siriはページを読み、ウェブも検索したうえで、目当てのバンドが最後だと正しく答えました。Appleの開発者会議期間中には「WWDCのブリーフィングをカレンダーに追加して」と依頼し、Siriはメールを読んで日時を解析し、6件の予定を正しい時刻で登録しています(ただし登録先はAppleのカレンダーのみ)。
最も役立つのは画面認識だと記者は述べます。画面に表示されている住所へ経路を出す、イベント情報を予定に入れる。こうした「見えているものから次の行動へ」の橋渡しが効き、結果として「ほとんどの用事でブラウザを開かなくなった」といいます。
未完成の輪郭
一方で限界も具体的です。コンサートのページで「チケットが発売されたら買うようにリマインドして」と頼むと、その文言を書いただけの普通のリマインダーができるだけでした。ところが「これのチケットを発売されたら買って」と言い換えると、画面認識が働きウェブ検索に進みます。目的地への案内も、“route”では反応せず”direct”だと動く。つまり言葉の意味理解(セマンティック層)と、それを具体的な操作に変換する経路(ルーティング)の精度に差があります。
そしてプレビュー期間中、Siriの新機能にアクセスできるのはApple純正アプリだけです。メッセージ、メール、写真、リマインダー、メモ、カレンダーの6本。Telegramでやり取りした内容についてSiriは答えられません。
開発者に投げられたボール
対応するために開発者が実装すべきものは2つ。アプリが持つデータの型を定義する「エンティティ」(写真、レシピ、プレイリスト、メモなど)と、そのデータに対してSiriができることを定義する「インテント」(再生する、保存する、削除するなど)です。ユーザーの言葉の解釈はSiriのセマンティック層が担うため、開発者は自分のアプリの語彙を定義しにいく格好になります。
iOS 27 SDKに対して今から実装は可能ですが、実際に配信できるのは秋のiOS 27正式版以降です。Matthew Cassinelli氏は「アプリ内のすべての画面と機能に包括的に対応することが、開発者にとっての概念的な難所だ」と指摘しつつ、「エージェント型モデルへの移行によって、専門的なアプリが関連データを動的に提示できるようになる。普段そのアプリをあまり開かないユーザーにとっても有用になる」と述べています。実例として挙げられているのが最近追加した連絡先を表示するLookBack: Contacts Historyで、「先週の会議で誰と会ったか」にSiri経由で答えられます。
AppleはダークモードやiPadアプリのときと同様、開発者の対応を前提にしています。ただし今回は、その労力が自社アプリのUXではなくSiriの体験を良くするために使われる点が違います。開発者からは「魅力的だが、対応は膨大な作業」という声が出ています。
Googleは本気で乗るのか
記者が投げかける最大の問いはここです。Googleは収益の大半を広告表示から得ています。SiriがGmailのデータから直接答えを返せば、その表示は迂回されます。ただしGoogle自身もAIオーバービューで似たことをしており、AdSense収益が主軸でない世界への備えを進めているようにも見える。結局Googleを動かす最大の誘因は消費者の選択だと記者は論じます。もし競合のメールアプリがSiri AIに完全対応し、Gmailが対応しなければ、ユーザーは乗り換えうるからです。
ベータのOSと、ベータのSiri。約束された完全版の一部にすぎない、というのが記者の結論です。次に効くのは、開発者の対応と、指示を正しい操作に変換するルーティングの信頼性です。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
日本企業にまず効くのは「アプリを開かせる」前提の崩壊です。ECもSaaSも、いまの獲得設計はアプリ起動やブラウザ訪問を起点にしています。Siriが画面とメールを横断して答えを返すなら、ユーザーが自社アプリを開く回数は減り、代わりに「Siriから呼ばれるかどうか」が接点になります。The Vergeの記者が「ほとんどの用事でブラウザを開かなくなった」と書いた一文は、そのままCVポイントの移動を意味します。
打ち手は3つです。第一に、自社アプリの中核データを「エンティティ」、中核操作を「インテント」として言語化する作業に、秋のiOS 27正式版を待たず着手すること。SDKでの実装は今から可能で、配信解禁が秋というだけです。この定義作業は、Siri対応に留まらず生成AI全般への接続資産になります。第二に、優先順位の割り切り。人が毎日使うアプリは5〜6本という前提に立てば、全画面の網羅対応は非現実的で、「Siriから呼ばれる価値のある1機能」に絞るのが合理的です。第三に、受託開発・アプリ開発会社にとっては提案商材になります。「膨大な作業」と評される領域は、そのまま外部発注の対象です。
経営判断としては、Googleがなぜ迷うかを自社に置き換えると分かりやすい。Siri対��は自社UXの改善ではなく、Siriの体験を良くする投資です。それでも消費者の選択が乗り換えを生むなら、対応しない選択肢のほうが高くつきます。