何が起きたか
Nscaleは、データセンターやサーバー群にまたがるAIワークロードのスケーリングを支援するAnyscaleを16.5億ドルで買収します。買収額はBloombergが匿名の情報筋を引用して報じたものです。Anyscaleは自社ブランドのまま運営を継続し、既存顧客へのサービスも続けます。約200人の従業員は全員Nscaleに合流します。
Anyscaleは、オープンソースの分散処理Pythonフレームワーク「Project Ray」を作ったチームが創業しました。当初は大量の計算資源を要するプロジェクトを動かすためのプラットフォームでしたが、2022年のGPT-3登場でAIが注目を集めた後、LLMの学習・サービング、データキュレーション、推論、強化学習などのスケーリングサービスへと軸足を移しています。プラットフォームはRayを中核に、開発者ツール・オブザーバビリティ・オーケストレーションを備えます。
Anyscaleは「両社が組めばソフトウェア層とその下のインフラを共同設計でき、それは各社が自分の層だけを最適化していては同じようにはできない」との見解を示しています。
なぜ重要か:ネオクラウドが「上の層」を買い始めた
Nscaleはすでにエネルギー、データセンター、オーケストレーションソフトウェアという事業ラインを持ちます。今回のAnyscale取得で、ワークロード管理とスケーリングまでを自社の看板に加えることになります。電力からGPU、そして開発者が実際に触れるAPIまで、スタックを縦に貫く構えです。
これは、GPU時間を切り売りするだけの事業モデルに対する解答と読めます。計算資源そのものは供給が増えれば価格競争に沈みますが、開発者がコードを書く場所を握れば、乗り換えコストが発生します。RayはOSSとして広く使われており、その本家チームを抱えることの意味は、機能一覧に書ける以上に大きいでしょう。
資本の非対称性
数字を並べると力関係が見えます。Nscaleは今年3月に20億ドルのシリーズCを調達し、評価額は146億ドル。投資家にはNvidia、Nokia、Blue Owl、Dell、ノルウェーの産業大手Akerが名を連ねます。その資金と複数のデット調達を使い、Microsoft、British Telecom、Nordcraftとの計算資源・データセンター提携を確保してきました。
対するAnyscaleは、2022年のシリーズC時点の評価額が13.8億ドル。直近四半期の売上は前四半期比70%増と伸びていますが、買収額16.5億ドルは3年前の評価額から大きくは離れていません。ソフトウェア単体でのマネタイズと、インフラ側に集まる資本の厚みの差が、この価格差に表れていると解釈できます。
読み取るべき構図
AI基盤の競争軸は、「GPUを何枚持っているか」から「そのGPUをどれだけ効率よく使い切れるか」へ移りつつあります。ハードとソフトを同じ屋根の下で共同設計できる事業者が有利になる、というのが今回の取引が前提にしている読みです。(出典:TechCrunch、記事執筆はRam Iyer氏)
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
日本の事業会社にとっての論点は「どこで囲い込まれるか」です。
自社でLLMの学習・推論基盤を持つ日本企業(メーカーのR&D部門、金融、通信)は、GPU調達先とワークロード管理ソフトを切り離して選べる時代が終わりつつあることを前提に、契約を見直すべきです。Nscaleのように電力からオーケストレーションまで垂直統合した事業者は、初期は安く見えても、Ray依存が深まった後の値上げ余地を握ります。調達段階で「別クラウドへの移植コスト」を試算し、稟議書に明記しておく価値があります。
SaaS事業者にとっては別の含意があります。推論コストが原価の大半を占めるプロダクトでは、Anyscaleが直近四半期に70%成長したという事実が示す通り、「スケーリングの巧拙」がそのまま粗利率になります。GPU単価の交渉より、バッチング・オートスケール設計の改善のほうが効くフェーズに入っています。
受託開発・SIerは、Rayを扱える人材の希少性が高まる局面です。Anyscaleの約200人がNscaleへ移り、Rayの開発中核がインフラ事業者の内部に入る以上、外側でRay運用を担える事業者の価値は上がります。今から検証環境を持つ判断は、1年後には遅い可能性があります。
EC・小売のように基盤を自前で持たない企業は、ここは静観で構いません。ただし、利用中のAIベンダーが誰のインフラに乗っているかだけは把握しておくべきです。