何が起きたか
設立4年のgroundcover(社名の小文字表記は意図的)が、One Peak主導のラウンドで1億ドルを調達しました。累計調達額は1.6億ドル。同社発表によれば有償顧客は250社超、ARR(年間経常収益)は直近1年で3倍、エンタープライズ環境では既存プラットフォームの「置き換え」として導入が進んでいるとしています。ただしこれらは第三者検証のない自社公表値であり、公開されている顧客事例もベンダー自身が執筆したものです。数字は割り引いて読む必要があります。
なぜ重要か:課金単位と保存場所という2つの前提
オブザーバビリティ市場はDatadog、Dynatrace、New Relic、Splunk(Cisco傘下)、Grafanaが長く支配してきました。Gartnerが追跡する製品は100を超え、主要ベンダーはこの2年でAIアシスタントやAIによる根本原因分析を相次いで投入しています。
groundcoverの主張は「機能ではなく前提が古い」というものです。争点は2つ。第一に、テレメトリはどこに置かれるのか。第二に、顧客は何に対して払うのか。既存大手のAI機能はこのどちらにも触れていない、というのが同社の論法です。
ここが実務上効いてきます。データ取り込み量に応じた課金の下では、コストが増えたときエンジニアが取る行動は決まっています。トレースをサンプリングする、保持期間を縮める、収集対象を絞る。CEOのShahar Azulay氏は「テレメトリは爆発している。ユーザーはDatadogなどから十分な価値を得られず苛立ち、データを制限し、サイロ化し、サンプリングしている」と述べています。つまり、コスト最適化のたびに可視性が削られる構造です。
AIが前提を壊した
この構造がいま急速に苦しくなっている理由は、AIによるテレメトリ量の増加です。コーディング支援でコード生成量とデプロイ頻度が上がり、マイクロサービス、Kubernetes、API、LLMが混在した分散システムが日常になりました。さらに企業は、複数ステップのワークフローを実行し外部ツールを呼び出し本番系に触れるAIエージェントを動かし始めています。
監視対象のレイヤーも増えました。プロンプトの実行、モデルのレイテンシ、トークン消費、検索(RAG)パイプライン、ツール呼び出し、エージェントの挙動。従来のインフラ監視の外側に、新しい観測面が丸ごと追加された格好です。データ量に課金される限り、AIを使うほど監視費用が増え、増えた費用を抑えるほどAIの挙動が見えなくなります。
BYOCと eBPF、そして「堀はない」という自認
groundcoverのBYOCでは、テレメトリの保存と処理を担うデータプレーンを顧客のAWS・Azure・Google Cloud内に残し、ベンダーは管理用のコントロールプレーンとUXを提供します。完全セルフホスト構成も選べます。Datadogなどもリージョン指定のデータレジデンシーやプライベートリンク、選択的なログ転送といった部分的な制御は提供しますが、テレメトリの処理・保存自体はベンダー管理基盤に残るのが通常で、完全なBYOCとは同義ではありません。
課金は監視ホスト数が基準で、テレメトリ量には連動しません。「データ量では課金しない。インフラのサイズで課金する」(Azulay氏)。ただし同社の説明資料自身が、これは常に安いわけではなく、テレメトリ密度が高い組織に有利で、稼働の薄いサーバー群では魅力が下がると認めています。訴求点は絶対額の安さではなく、データ生成量ではなくインフラ計画に価格が連動する予測可能性です。
第二の柱がeBPFです。Linuxカーネル内でネットワーク通信やシステムコール、アプリケーションの挙動を観測する技術で、コード側の手動計装をほぼ不要にします。もっともeBPF自体は多くのベンダーが採用済みで、同社も自社の調査資料で、eBPF・BYOC・ホスト課金・OpenTelemetry互換のいずれも単独では競争優位にならないと明記しています。差別化はこれらを1つのプラットフォームに束ねた点にある、という主張です。
検証すべき点
Agent Modeでは、ログ・メトリクス・トレース・Kubernetesイベントを横断して自然言語で障害調査ができます。推奨は提示されますが、本番変更には人間の承認が必要です。Azulay氏は、本番のコンテキストをコーディングエージェントに戻す「フィードバック機構」への進化を見込み、自律性は段階的に上がると述べています。
一方で同社の資料は、BYOCでも標準構成でどのメタデータがベンダー側に出るのかを、契約前に具体的に確認すべきだと注意を促しています。「顧客環境から一切データが出ない」と前提で読むのは危険だ、ということです。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
検討に値するのは、まず日本のSaaS事業者とEC事業者です。監視費用が売上ではなくトラフィックとデプロイ頻度に連動して膨らむ構造にあり、キャンペーンやセール期ほどコストが跳ねます。ホスト数課金は、テレメトリ密度が高い環境ほど効きます。逆に稼働の薄いサーバーが並ぶ社内システム中心の企業では割高になり得るため、まず自社のホスト単価と現行の取り込み量課金を突き合わせた損益分岐の試算から始める���きです。
BYOCが直接効くのは、金融・医療・公共案件を抱える企業と受託開発です。ログに個人情報や顧客の業務データが混ざるため、監視SaaSへの外部送信が契約や社内規程で止まり、結果として観測を諦めてきたケースが少なくありません。データプレーンが自社クラウドに残る構成は、この審査を通す現実的な選択肢になります。ただし同社自身が促すとおり、標準構成でどのメタデータが外部に出るかを稟議前に文書で確認してください。
経営判断としての本丸は、AIエージェントを本番投入する計画がある企業です。エージェントの挙動、ツール呼び出し、トークン消費まで観測対象に加わる以上、「コスト削減のためサンプリングする」という現場の判断が、そのまま事故時の説明責任を失う判断になります。年商30億ドル超のDatadogの体制と、250社規模の新興企業の差は無視できません。全面移行ではなく、新設のAIワークロードだけを対象に並行検証し、コストと可視性のトレードオフを実測してから決めるのが妥当です。