何が起きているのか

WIREDのKatie Drummond氏が、Puckの創業パートナーで元弁護士のMatt Belloni氏に1時間のインタビューを行いました。Belloni氏はニュースレター「What I’m Hearing …」を執筆し、ポッドキャスト「The Town」を主宰する業界ウォッチャーです。同氏の結論はシンプルで、AI利用について「everyone is doing it(みんなやっている)」というものでした。

重要なのは、同氏がAIを二種類に切り分けている点です。ひとつはコンテンツを生成する生成AI、もうひとつは業務プロセスの効率化や検索精度の改善に使う「コーポレートAI」。後者については「全員が使っている」と断言しています。議論が紛糾するのは前者だけであり、この切り分けを持たないまま「AIの是非」を論じても噛み合わない、というのは日本企業の社内議論にもそのまま当てはまります。

現場ではすでに使われている

Belloni氏は、ある著名なショーランナー(氏名は伏せられています)が、脚本チームに対してChatGPTを創作プロセスに使っていないことを叱責した、という話を聞いたと述べています。ジョークや展開の案出しに使えという趣旨です。実際に同氏が話した脚本家の中にも、シーンの舞台となる建物の内部を描写させたり、シナリオ案を出させたりする使い方をしている人がいます。

意外に思われるかもしれませんが、全米脚本家組合(Writers Guild)はこうした利用を容認しています。条件は、すべての脚本にクレジットされた人間の書き手が存在すること、そしてこのプロセスが雇用に影響しないこと。つまり争点は「AIを使うか」ではなく「クレジットと雇用が守られるか」に移っています。

それでも残る「AIシェイミング」

一方で「使うことへの汚点(taint)は依然として残っている」とBelloni氏は言います。象徴的なのがAmazonの事例です。同社はAlbert Chang氏が率いる生成AIスタジオを披露するメディアデーを開催し、実在のクリエイターが参加するアニメーション作品などを発表しましたが、オンライン上の反発を受けてクリエイターの1人が降板しました。Belloni氏はこれを「AIシェイミングの実害」と表現しています。技術リスクではなく、レピュテーションリスクとして顕在化したわけです。

5.87億ドルは何を買ったのか

NetflixによるAffleck氏のAI企業買収について、Belloni氏は「これは6億ドルのプレスリリースだったのか?」と問いを立てました。プロダクト自体は、すでに撮影済みのフッテージを生成AIで扱えるようにするもので、高額な再撮影を避けたり、シーンの周縁を拡張したり、カメラに収まっていなかった切り返しの画を得たりするといった用途です。人を置き換えるものではなく、映画作家のためのツールとして提示されています。

Belloni氏の見立てでは、Netflixが買ったのは技術以上に「信用」です。映画スター、オスカー受賞者、そして映画作家としてのAffleck氏の信用が、AIをめぐる世間の逆風のなかでNetflixに動く余地を与える。Darren Aronofsky氏のように「いわゆる正しいやり方」で同種の取り組みをしている作家もおり、この取引でハリウッドのAffleck氏を見る目が変わったわけではない、業界の最大の反応は「6億ドル?」という価格への驚きだった、と述べています。

同種の動きは他にもあります。Google DeepMindによるA24への7500万ドル出資(多くのファンの反発を招きました)、LionsgateによるAI動画企業Runwayへの出資。Belloni氏はこの潮流を、技術の向上と適用範囲の拡大、取り残される恐怖に駆られた経営陣、そして興行収入で回収しきれない制作費の高騰、の三つで説明しています。

本丸はコスト構造

コスト論として同氏が挙げたのがPixarです。Pixarのオリジナル作品は2億ドルを下回る予算では作れず、カリフォルニアでカリフォルニアの労働力を使い、労働集約的なプロセスで作られており、可能な範囲までAIを使ってはいない。そして「組合は労働コストを下げてくれない」以上、削減余地は非組合労働——主にビロウ・ザ・ライン(現場スタッフ)——と технологияすなわち技術に向かう、というのが同氏の整理です。AI導入は美学の問題である以前に、下がらない固定費に対する経営側の回答なのです。同氏は生成AIによる映画・短編・TVパイロットを多数見ており、出来は「よくない」が、アニメーションではましで、そこから最初に破壊が起きると見ています。

「作られたものの匂い」が希少資源になる

対照的な存在として挙がるのがChristopher Nolan氏です。Belloni氏は同氏を「日和見(fence-sitter)」と呼びます。報道によれば携帯電話すら持たず、AIに批判的でありながらその用途には開かれており、若い世代が「スロップ(雑な量産物)」を拒み本物を求めていると指摘してきた人物です。『The Odyssey』は膨大なキャストを擁し世界中で撮影され、2億5000万〜3億ドル近くを投じて、大きな興行収入を上げています。『Oppenheimer』でオスカーを獲り10億ドルを稼いだ実績を持つNolan氏は「��一無二の存在」だとBelloni氏は言います。

そのうえで同氏はスタジオ向けに反論を用意しています。『The Odyssey』が突き抜けたのは高コストにもかかわらず、ではなく、まさに「作家の手が入った匂いがする(smells authored)」からであり、観客はそれを嗅ぎ分ける、と。今後、映画は実在の人物と実在の状況で撮られたものと、生成AIで作られたものに二分され、ソーシャル動画が受動的な消費へと傾くなかで、大きく特別な「本物の」映画にはむしろ市場が開くという予測です。

なお先週末、『The Odyssey』の完全版がXに流出し、Universalが削除要請を出すまでに約100万回視聴されました。Belloni氏は、Grokが学習用に入手したのではないかと推測を口にしています。Elon Musk氏が「歴史的に正確な」版の『The Odyssey』を計画しているとも言及され、Belloni氏は「見るのが待ちきれない」と皮肉を添えました。『Backrooms』のKane Parsons氏が、A24史上最高の興行収入作品を作ったとみられる、という指摘もあります。WIREDは、脚本家からLLMトレーナーへ転じた不完全就業の実情を綴ったRuth Fowler氏のエッセイにも触れています。

💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか

日本企業の経営層がここから持ち帰るべきは三点です。第一に、Belloni氏の「二種類のAI」の切り分けをそのまま社内議論に持ち込むこと。業務効率化のコーポレートAIは是非を論じる段階を過ぎており、争点は生成AIによるアウトプットに限定すべきです。両者を混ぜた「AI方針」は必ず停滞します。

第二に、Writers Guildの条件設定が実務のひな型になります。「クレジットされた人間が必ず存在する」「雇用に影響しない」——この二条件を、受託開発やコンテンツ制作、広告・出版の現場に置き換えれば、そのまま社内ガイドラインになります。禁止でも放任でもなく、責任の所在と雇用への影響で線を引く設計です。

第三に、Amazonの事例が示すのはレピュテーションリスクの実在性です。生成AIスタジオの発表への反発でクリエイターが降板しました。ECのブランド、SaaSのプロダクトサイト、受託開発の納品物で生成AIを使うなら、開示のタイミングと粒度を先に決めておくべきです。事後に問われて釈明するのが最悪の順序になります。

そして最も示唆的なのがNolan氏の事例です。「作家の手が入った匂い」が差別化になるというBelloni氏の指摘は、コンテンツ産業に限りません。生成AIで量産可能な領域と、人間が作ったことそのものが価値になる領域を自社の商品ラインで仕分ける——この棚卸しを、競合が値下げを仕掛けてくる前に済ませておくことです。

関連リンク