何が起きたか

DiG-bench(Discovery in Games)は、70本のゲームでAIの「発見能力」を測るベンチマークです。各ゲームは独自の法則を持つ小さな世界として作られ、ルールも目的もプレイヤーには隠されています。プレイヤーは操作を繰り返しながら、その両方を自力で突き止めなければなりません。視覚パズルのARCと近い発想を、テキストの世界に持ち込んだものと位置づけられています。

設計は実務的です。ゲームはすべてテキストベースで、多くは現在のフロンティアモデルのコンテキストウィンドウに全履歴が収まる長さに抑えられています。難易度はTier 1(易)からTier 7(難)まで7段階、1ステップあたりの選択肢は2〜34。全ゲームは人間の専門家が手作りし、大半は非公開のまま——AIに学習されないための措置で、公開済みは21本にとどまります。すべてのゲームは少なくとも1人の人間がクリア済みですが、プレイヤー自身が「多くは難しい」と述べています。行動回数の制限を緩めた実験モードも用意されています。著者にはOxford、Princeton、KAUST、Swiss AI Lab、Inria、MIT、Thinking About Thinkingの研究者が名を連ね、Juergen Schmidhuber氏も含まれます。

なぜ重要か

このベンチマークが測っているのは、知識量でも推論の長さでもなく、仕様書のない環境で仮説を立てて検証するループです。現状、今日のフロンティアモデルはこれらのゲームを攻略できていません。総合ではClaude Code併用のOpus 5とFable 5が最上位、次いでGPT-5.5。Tier 7を少しでも突破したのはOpus 5とFable 5だけで、そのスコアは0.2です。ハーネスを与えればOpus 5・GPT-5.5・Kimi K3がTier 6の一部を、GLM-5.2とGemini 3.1 ProはTier 4の一部を突破します。ニュースレターの著者は、Tier 7で20%という成功率に対し人間個人は100%に達している点を挙げ、DiG-benchで人間並みになるのは2027年半ばと予測。そのときこそ再帰的自己改善が本格的に始まりうる、と見ています。

ここは解釈が分かれる部分ですが、示唆は明快です。ベンチマークの点数が伸びても、「誰も教えてくれない前提を自分で掘り当てる」能力は別軸で伸びる、ということです。ハーネス(Claude Codeのような実行環境)の有無で結果が変わっている事実も、モデル単体ではなく試行の設計が性能を左右することを示しています。

周辺の動き:発見を訓練するという発想

同じ号では、AIスタートアップInherentの「Faraday」も取り上げられています。これは大規模なプロプライエタリモデルの上に載り、それらを制御して科学研究の効果を高める監督ハーネスと小型LLMの組み合わせで、Qwen-3.6-27Bを後訓練した27Bモデルです。下位ツールとしてOpenAI Codexを使い、GRPOで継続的に訓練されます。訓練データ「Replica」は1990年から2026年までのML・AI for science論文100本から重要な図表や結果を伏せて作った310の再現タスク。各タスクの採点基準はClaude Opus 4.7がメタルーブリックから生成し、Codexベースの判定モデルが報酬とターンごとの寄与度を返します。結果、Faradayは判定モデルの評価でOpus 4.8とGPT-5.5を分布内MLタスクの73%、未見のAI for scienceタスクの60%で上回りました。著者らは「曖昧な指定を埋める技能は、そのまま自分で実験を設計する技能かもしれない」と述べています。

このほか、Paradigm Researchが再帰的自己改善に取り組む企業経営をシミュレートするブラウザゲーム「RSI Simulator」(研究者と計算資源への投資配分、データのライセンス判断などを扱う)を公開。Mark Zuckerberg氏はエッセイ「The Future is for Everyone」で、権力集中を避けるためAI能力を全人類に大規模に普及させる戦略を掲げましたが、ニュースレターの著者は「発明能力を持つ超知能が、発明において自分より劣る個人の権能拡大のためだけに働くのか」という問いが欠けていると批判しています。号の締めくくりは、機械の主観時間で数千年、人間の時間では1年をかけて建設されたアーコロジーを描くTech Talesの掌編「The First Arcology」です。

出典: Import AI

💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか

経営判断に効くのは順位表ではなく、**「ルールが明文化されていない領域ではAIがまだ止まる」**という一点です。日本企業のAI導入がPoCで滞る理由の多くは、モデルの賢さ不足ではなく、業務ルールが誰の頭の中にもあって文書にない——DiG-benchが測っているのと同じ構造です。受託開発なら、要件定義書に書かれていない業務慣行の掘り起こしは当面人間の仕事として残り、そこが単価の源泉になります。逆にSaaS事業者は、ユーザーが仕様を読まない前提で「触れば法則が分かるUI」を設計する価値が上がります。

投資先としてはFaradayの構成が示唆的です。27Bの小型モデルを後訓練し、上位に置いてフロンティアモデルを道具として制御する——自社で基盤モデルを作るより桁違いに現実的で、自社ドメインの判断基準(何を調べ、どこで打ち切り、何を良しとするか)を資産化できます。役員が今問うべきは「どのモデルを使うか」ではなく、「自社の暗黙のルールを、AIが検証できる形の評価タスクに何本変換できているか」です。DiG-benchが公開分を21本に絞��て学習汚染を避けたのと同じ発想で、社内評価セットは非公開で持つべきです。著者の言う2027年半ばの人間並み到達が当たるなら、準備期間は2年を切ります。

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