何が起きたか
WIREDのWill Knightが、マサチューセッツ州ケンブリッジにあるGeneralist AIのオフィス(自宅から車で15分)を先週訪問しました。そこで見たのは、コップを積む、ブロックをボウルに入れるといった作業を、短い手本動画を取り込んだだけでこなすロボットアームです。従来のように、そのタスク専用の学習は与えられていません。
印象的なのは、想定外への対応です。ちりとりとブラシでブロックをボウルに掃き入れるよう指示されたロボットは、ブラシを取り上げられると、ちりとりをブラシ代わりに使ってブロックを弾き入れました。二腕ロボットは、人が財布のジッパーを開けて紙幣を取り出す動画を見た後、別の種類の財布で同じことを実行し、右のグリッパーで紙幣をつかめないと分かると、角度の良い左に持ち替えました。そばにいたエンジニアは「へえ。あんなの初めてだ」と漏らしています。研究者たちも驚かされることが多く、目の前にバナナを置かれたロボットは、それで物を掃き集めることを選んだといいます。
なぜ重要か
これまでAIロボットに複数の作業を教えるには、数千件規模の実例をモデルに食わせるのが定石でした。しかしこの方式は脆く、照明が変わった程度でロボットは戸惑います。裏を返せば、ロボットは「作業」を覚えていても「世界」を理解していなかったということです。
Generalistが狙うのは、その前提の置き換えです。同社は世界の物理法則をロボットに教えることに注力しているようで、着想元は人間が幼少期から見せる直観的な物理感覚にあります。物理を理解していれば、場面が変わっても学習が転移する——ちりとりをブラシとして使う挙動は、まさにその兆候として読めます。
共同創業者でCEOのPete Florenceは、これをGPT-3が2020年に引き起こした興奮になぞらえます。モデルに新しいタスクを促すだけで、それなりにこなす見込みがある、という構図です。ロボットに「基盤モデルの瞬間」が来るかどうか、という問いだと言い換えられます。
勝負どころはデータの集め方
技術的な差分は、モデルよりもデータ収集の設計に表れています。同社はロボットの爪に似た形のグローブにカメラを付けたデバイスを自社製作し、人間がそれを装着して各種の家事・作業をこなすことでデータを取ります。Knightは数百個のグリッパーが積まれたクレートを目撃しており、行き先はメキシコなどの作業者だといいます。訓練レシピの詳細について同社は口が重いものの、高品質な学習データを大量に集めたと述べています。
スタンフォード大学のロボット研究者Karen Liuは、この手法を「特定の1機種に紐づけすぎずに、物理的インタラクションのデータを大規模に集めている」と評し、「最も強い結果は、この賭けが機能しつつあることを示唆している」と述べています。ジョージア工科大学のDanfei Xuは「彼らはこれを極限まで押し進め、実行が非常にうまい」「優秀なロボット研究者で、良い科学をやっている」と評価し、より汎用的なロボットモデルを追う企業の中で「デプロイに最も近い」と位置づけました。
創業3人——Florence、CTOのAndrew Barry、チーフサイエンティストのAndy Zeng——はいずれもGoogle DeepMindとBoston Dynamicsで先端ハードウェアとロボットモデルに携わった経歴を持ちます。また同社は、他社のようにオープンソースの言語モデルに乗るのではなく、AIモデルをゼロから自前で構築しています。
過大評価を避けるための数字
ここで冷静になるべき数字が一つあります。同社自身が、モデルの学習能力はまだ信頼に足りないと認めており、見せられたタスクをロボットが完遂するのは平均で約59%。理想とされる99%超とは桁が違う開きです。加えて、この能力があらゆるタスク・あらゆる環境にどこまで一般化するかも見通せていません。
物理的知性は依然として機械に大きく欠けている領域であり、赤ん坊がどう効率よく学ぶかがAI研究の手がかりになりうる——記事はそう位置づけています。ある晩、エンジニアが目の前でコップを積み始めると、二腕ロボットが加わって別のコップを積み出し、エンジニアが歓声を上げたという場面が動画に残っています。研究の楽しさと、59%という現在地。その両方が同じ部屋にあります。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
経営層が読むべきは「59%」の解釈です。人が横で見ていない工程には投入できない一方、人が最終確認する前提の工程なら、専用学習なしに新作業を追加できる意味は大きい。従来は1作業ごとに数千件のデータ収集とインテグレーション費用が必要で、多品種少量の日本の現場では投資回収が成り立ちませんでした。汎用モデルはこの単価構造を壊しうる技術です。
物流・EC事業者は、ピッキングや梱包の自動化検討で「何百SKUあるから無理」という判断を、いま置き直す価値があります。製造受託や食品加工など段取り替えが多い現場も同様です。ただし今日の発注判断ではなく、2〜3年後を見据えた工程データの整備が先決です。作業手順を動画で残す運用は、それ自体が将来の学習素材になります。
SIer・受託開発にとっては警告です。Generalistがオープンソースの言語モデルに乗らずゼロからモデルを作り、グリッパー型グローブという専用デバイスでデータを取っている構図は、価値がモデル実装ではなく「現場データを取り続ける仕組み」に移ることを示します。ロボット導入案件を単発のシステム構築として売り続ける限り、モデル側の汎用化に利益を削られます。今から現場データの取得・保有を含む契約形態に組み替えるべきです。