何が起きたか
ソニー・ミュージック、ワーナー・ミュージックをはじめとする音楽出版社が、カリフォルニア州北部連邦地裁でAnthropicを訴えました。対象は楽曲の著作物、その中心は歌詞で、楽譜や二次的著作物も含まれます。
訴状で目を引くのは、法人だけでなくCEOのダリオ・アモデイ氏と共同創業者のベンジャミン・マン氏が個人被告として名指しされている点です。訴状は「アモデイ博士は、マン氏および他のAnthropic従業員によるこれらの侵害を明示的に指示し、承認し、統制し、意図的に誘引した」と述べ、原告側はこの行為を「史上最大かつ最も露骨な知的財産の窃盗のひとつ」と表現しています。
請求額は、侵害された著作物1件あたり最大15万ドル、著作権管理情報(著作権表示などの識別情報)の不正な削除について1件あたり最大2万5000ドルです。
争点は「学習に使ったか」ではない
この訴訟の勘所は、AIが著作物を学習に使ったこと自体ではありません。どうやってその著作物を手に入れたかです。
2025年9月、Anthropicは海賊版書籍をAI学習に用いた件で、著者・出版社に15億ドルを支払う米国史上最大の著作権和解に合意しました。あの案件で決定打になったのも、学習利用の是非ではなく、違法なトレントによる入手でした。今回の訴訟は同じ論点を狙い撃ちしています。原告は、Anthropicが海賊版ライブラリのLibGenとPiLiMiから少なくとも700万冊の書籍をトレントで取得したと主張し、ダウンロード行為そのものを単独の著作権侵害として扱っています。つまり、その作品が商用Claudeモデルに入ったかどうかは関係ない、という構成です。
この立て方は、フェアユース論争を迂回できるという点で強力です。「学習は変容的利用か」という難しい議論に入る前に、「そもそも複製物を違法に入手した」という単純な事実で責任を問える。15億ドルの和解は、この論法が実際に効くことを示してしまいました。
迂回ルートも塞ぎにいく
訴状はさらに、複数の入手経路を並べて塞ぎにいきます。MusixMatchやLyricFindといったライセンス済みプラットフォームから、出版社の同意なく歌詞をスクレイピングし、各プラットフォームの利用規約に違反したという主張。Books3、The Pile、Common Crawlといったデータセットに無許諾コンテンツが含まれているという指摘。そして、中古の歌集や楽譜集をスキャンして廃棄したという告発まで含まれます。
AnthropicはLibGenとPiLiMiの書籍を商用Claudeモデルの学習に直接使ってはいないと公に否定してきましたが、訴状はこの否定が「学習」の定義次第だと反論します。原告の主張はこうです。LibGenとPiLiMiのテキストを学習した非商用モデルが生成した合成データで、少なくとも1つの商用Claudeモデルを学習させた。さらに、そうしたモデルを商用Claudeへの強化学習フィードバックに使った——と。
これが認められれば、「海賊版データを直接は使っていない」という説明は防御にならなくなります。汚染されたモデルの出力を経由しても責任は追える、という理屈だからです。主張の全容はディスカバリー(証拠開示)で明らかになる見通しです。
ドイツの判決が示す第二の戦線
関連する動きとして、ミュンヘン地方裁判所は2025年11月、著作権で保護された歌詞はモデルのパラメータ内にあっても複製にあたり、チャットボットがそれを出力する行為は違法な公衆送信にあたると判断しました。しかも同裁判所は、出力の責任を負うのはプロンプトを入力したユーザーではなくモデルの運営者だとしました。著作物を引き出す目的で設計されたプロンプトであっても、です。
米国の訴訟が「入口(入手経路)」を突くのに対し、ドイツの判決は「出口(モデル内部と出力)」を突いています。AI事業者は両側から挟まれつつあります。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
日本企業の経営者が読み取るべきは「AIの学習は違法か」ではなく、データの入手経路が単独で法的リスクになるという構図です。15億ドルの和解も今回の訴状も、争点はそこに集中しています。
自社でスクレイピングや外部データ収集を行っているEC・メディア・SaaS各社は、収集元の利用規約とデータの出所を今すぐ棚卸すべきです。MusixMatchやLyricFindのような「ライセンス済みプラットフォームからの取得」でさえ、規約違反として訴状に並べられています。「公開されているから取得してよい」は成り立ちません。
受託開発・SIerにとってはさらに直接的です。顧客向けにファインチューニングやRAGを構築する際、学習データの出所を証明できるか。Books3やThe Pileのような公開データセットを無審査で使っていないか。契約書の責任分界点と補償条項を、この観点で読み直す必要���あります。
そして最も重要なのが、アモデイ氏とマン氏が個人被告として名指しされた点です。データ調達の意思決定を「現場が判断した」で切り離せないという主張が立てられている。日本企業でもAI開発の承認プロセスと決裁記録を、役員が説明責任を果たせる形で残しておくことが実務上の防衛線になります。