何が分かったのか
Igor Chirikov氏の研究は、2018年から2025年までの秋学期8期分、84学部・319科目の成績推移を追跡したものです。ChatGPTが登場した2022年11月を境に、A評価の比率が13ポイント上昇し、平均GPAは0.12ポイント増加。A-やB+がまるごとAに繰り上がるように、分布が上方に圧縮されました。
注目すべきは、各科目の「AI耐性」を、ChatGPT登場前の2022年秋シラバスから測定した点です。宿題における文章・コーディング課題の比率が、AIで代替されやすい度合いの指標になります。
なぜ「学習成果ではない」と言えるのか
宿題が成績に占める割合が中央値を超える科目では、同じAI耐性でも中央値未満の科目に比べてAが追加で16ポイント増えていました。一方、宿題比率の低い科目では効果は統計的に有意ではありません。さらに、AIが使いにくい口頭発表課題を対象としたプラセボテストでは、成績はほぼ動きませんでした。
B+からC-までの中間層がほとんど動かず、A・A-だけが急増する分布の歪みも、Chirikov氏が「広範な学習効果や選抜効果だけでは説明しがたい」と述べる根拠です。
過去の成績インフレとは質が違う
ハーバード大学ではA評価の割合が2005年の24%から2025年には60.2%まで上昇しており、成績インフレ自体は古くからの現象です。これまでは授業評価や大学間競争が主因と分析されてきました。しかしChirikov氏は、AIは「教員の目に触れる前に、課題そのものの作り方を変える」点でこれまでの要因と質が異なると論じています。
OpenAIのSam Altman氏も近年のインタビューで、ChatGPT登場から3年半が経つのに教育制度はほぼ反応しておらず、批判的思考力が著しく萎縮するリスクがあると警告。ノルウェーは初等学校でAIツールをほぼ禁止し、中等学校でも利用を制限する措置に踏み切りました。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
採用と評価のシグナルが壊れる
日本企業の人事・経営層にとって最も切実な論点は、新卒・中途採用におけるGPAや成績表の信頼性低下です。総合商社やコンサル、大手SIerが学業成績を初期スクリーニングに使っているなら、その指標は今後数年で確実に劣化します。特にエンジニア採用で「情報系学部の成績」を頼っていた受託開発企業やSaaSベンダーは、コーディング課題こそ最もAIで底上げされた領域である点を直視すべきです。
打ち手は3つ
第一に、選考プロセスを「過程の説明」に寄せること。書類審査の段階で、本人がコードや文章を書いた過程を口頭で説明させる設計に変えます。Chirikov氏が提案する「作業過程の文書化」と同じ発想です。第二に、OJTの設計を見直すこと。新人が当然できると想定していた文章構造化・論理展開・基礎的なコーディング力は、入社時点で空洞化している前提に切り替えます。第三に、社内研修にも同じ歪みが起きる点に注意します。eラーニングの修了率や課題提出物は、AI併用前提では学習成果の指標になりません。評価は実地のアウトプットに寄せる必要があります。