何が起きたか
がん領域に特化したベンチャーファーム「Yosemite」を率いるReed Jobs氏が、TechCrunchのインタビューで3年間の成果と現在地を語りました。2023年の立ち上げ時はコロナ後のバイオテック暴落の只中でしたが、いまやチームは17人、2号ファンドは目標3.5億ドルで初回クローズを完了しています。
Yosemiteの特徴は「投資家」より「創業者」に近い点です。がん領域はバイオテックの40%を占めるとJobs氏は言い、そこに集中したうえで、既存企業への出資だけでなく、イェール・バークレー・スタンフォードなどの基礎研究から自ら会社を組成します。3.5億ドルの約1/3が自社組成の会社に向かい、残りが他者の会社への投資です。ジェニファー・ダウドナ氏の研究室へのグラント(助成)から生まれたAzalea、Craig Crews氏と共同で「誘導近接(標的タンパクを阻害するのではなく、細胞の分解機構の隣に引きずり出す)」を軸に立ち上げたQuarryが代表例。1号ファンドの20社のうち2社はグラントから直接生まれています。
なぜ重要か
注目すべきは、資金と成果のつなぎ方です。Yosemiteは運用資産の2.5%と管理報酬から年100万ドルを、ひも付きなしのグラント資金としてドナー・アドバイズド・ファンドに入れています。慈善と営利を混ぜ、大学の基礎研究をそのまま会社にする——「がんの治療法は製薬企業の中で発見を待っているのではなく、新しい知見で作りにいく必要がある」というJobs氏の言葉が、この設計の理由です。
市場環境も追い風です。金利が改善し、製薬業界は史上最大の特許切れ(パテントクリフ)に直面しながらパンデミック期の記録的な手元資金を抱え、この8カ月ほどで買収が加速。イーライリリーによるKeloniaの70億ドル買収がその象徴です。
AIは創薬のどこに効くのか
Jobs氏のAI評価は冷静です。「AIがいま加速しているのは大量の地道な作業。必ずしも人より上手いわけではないが、驚くほど速く、再現性のある形でやってのける」。加えて、歴史的にヒトゲノムのうち創薬可能とされたのは約15%にすぎず、タンパク質同士の相互作用は化学的に手が出せませんでした。AIはその「届かなかった標的」の発見を助けています。
もう一つ大きいのが臨床試験です。がんの第3相試験は約2億6000万ドルかかり、成功するのは3件に1件。最大のコストは患者のリクルートと維持です。ここでJobs氏が挙げるのが「合成対照群」——既存の患者データから、無治療の比較群をコンピュータ上で再構成する手法で、必要患者数を半減できる可能性があり、FDAも前向きだと述べています。医療現場のIT化についても「米国の病院は経済で最も技術的に素朴な場所のひとつ。いまだにファックスとフロッピーディスクで大量の仕事が回っている」と指摘し、911の振り分けコールセンター、電子カルテ、放射線科、病理にAIの機会があるとしています。
「創薬不能」標的への賭け
Revolution Medicinesは膵臓がんのKRASを標的とし、最も一般的なタイプの生存期間を12カ月から24カ月へと倍増させました。Jobs氏によれば、これは直近1年の出来事です。KRASは「なめらかな楕円、デス・スター」と評されるほど薬の取っかかりがない標的で、約10年前にAmgenの研究者が隠れたポケットを見つけ、特定の変異にだけ効く初の薬Lumakrasにつながりました。
Yosemiteはさらに、ヒトのがんで最も高頻度に抑制される遺伝子p53を、3社・複数戦略で狙っています(ゾウががんになりにくいのはp53を数十コピー持つから、ヒトは1つ、という仮説を引き合いに出します)。他にも、エピジェネティック編集(DNA配列を書き換えず遺伝子の発現の強さを変える)の臨床開発で先頭を走るTune Therapeuticsは、2億5000万人以上が罹患し肝がんの主因であるB型肝炎ウイルスをメチル化して沈黙させる——自然に排除できる約1%の人を模倣する——アプローチを進めています。非侵襲で肝腫瘍を破壊するヒストトリプシーのHistosonicsのようなデバイス企業も抱え、ポートフォリオは両ファンドで25社近く。うち2社は科学的な理由で失敗しており、投資は科学的マイルストーンに応じて段階的に実行されます。
資金の土台としてのNIH
Jobs氏が強い言葉を使うのが米国立衛生研究所(NIH)の予算です。昨年は最大40%の削減要求が出て上下両院が超党派で拒否、今年は12%で戻ってきました。過去最大の削減は2009年の金融危機時の1%で、それでもNIHの科学者7000人が職を失っています。「個人的には攻めるべきだ。1000億ドル程度まで増やす」——NIH予算はここ10年ほどドルベースで伸びていない、というのが彼の主張です。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
日本の事業会社にとって、この話の核心は「創薬」ではなく規制産業のコスト構造をAIがどこから崩すかです。第3相試験が約2億6000万ドル・成功率3分の1、最大のコストが患者リクルート——ここに合成対照群が入り必要患者数が半減するなら、削られるのは研究者の脳ではなくデータ整備・被験者管理・モニタリングという「地道な作業」の外注費です。CROやSMOに人月で食い込んでいる受託開発・BPO事業者は、5年後に単価が崩れる前提で、実患者データの構造化・品質保証・規制当局向けエビデンス作成といった「AIが出した答えの検証」側に事業を移す準備が要ります。
製薬・医療機器メーカーの経営層には、Jobs氏の「米国の病院はファックスとフロッピーで回っている」という指摘がそのまま商機です。電子カルテ・放射線・病理は日本でも同じ構図で、しかも医療AIは規制対応と現場運用が参入障壁になる=SaaSとして単価と継続率を取りやすい領域です。
そして事業開発の観点では、製薬業界が史上最大の特許切れと記録的手元資金を抱え、この8カ月で買収が加速している事実(イーライリリーのKelonia 70億ドル買収)は、ヘルスケア隣接のデータ・AI企業にとって出口が開いていることを意味します。ただしJobs氏は「製薬の優先領域は経営陣が変われば動く。コロナ後、ファイザーを含む多くが感染症から撤退した」とも釘を刺します。大手1社の戦略に依存した事業計画は組まない——これは日本の受託・共同研究モ���ルにこそ効く警告です。