何が起きたか
Encore AIが3000万ドルのシリーズAを調達しました。リードはイスラエルのサイバー/データ系VC、Team8。PlanvenやLukatz、Garageに加え、複数の銀行・保険会社も参加しています。同社によれば、出資した金融機関の一部はもともと製品のユーザーで、使った上で投資を決めたとのことです。
同社は2022年にDvir Ginzburg氏がInsait IOとして創業し、当初はファイナンシャルアドバイザーやリレーションシップマネージャー(RM)向けのレコメンドソフトを作っていました。Encore AIへの改称に伴い、それを「従業員と顧客の会話を解析し、どの打ち手が成果につながったかを特定して、その知見でAIエージェントを訓練する」プラットフォームへと拡張しています。
「インタラクションマイニング」とは何か
Ginzburg氏はこの手法を interaction mining(インタラクションマイニング)と呼びます。通話録音・メール・テキストメッセージを収集し、CRMの情報と接続する。そのうえで顧客との一連のやり取りをステージに分割し、会話のどの部分が話を前に進め、どこで失敗したのかを判定します。営業やカスタマーサクセスのプロセスでは、担当者ごとに得意なフェーズが違う——初回接触が強い人、クロージングが強い人がいる——という前提に立った設計です。
ポイントは、成果物が「平均的な優秀社員のコピー」ではないところにあります。Ginzburg氏は、自社のエージェントは組織内で機能した複数のプレイブックの束であり、時にはRMが使うジョークや逸話、たとえ話までそのまま再現すると語っています。属人的なノウハウの中から「効いた部分だけ」を切り出して再合成する、という発想です。
エージェントは音声・テキストで顧客と直接やり取りもできますし、会話中の従業員に応答や戦術を提案するアシスタントとしても動きます。副次的に、既存の営業・サポートプロセスのどこが弱いか、どこに非効率や摩擦があるかを可視化する用途もあります。
本当の論点は「会話データを誰が持つか」ではない
TechCrunchは、この市場でEncoreは先行しているものの、Salesforce、SAP、Zoho、HubSpotといった大手CRMベンダーが自社顧客のデータを使って同種の機能を作れるため、シェアの防衛は容易ではないと指摘しています。もっともなリスクです。
これに対するGinzburg氏の反論が興味深い。大手は会話履歴を「使うべきデータ」として見ていない、彼らが顧客企業の従業員から会話データを取り始めるには実装スタックと技術スタックを丸ごと変える必要がある、という主張です。つまり争点はデータへのアクセス権ではなく、「構造化されたレコード(商談ステージ、案件金額)を正とする設計」から「非構造の会話そのものを正とする設計」への転換コストにある、という読み筋になります。
これは日本企業のCRM運用にもそのまま刺さる話です。多くの現場でCRMは結果の入力先であり、そこに至るまでの会話は個人の記憶とメモに残る。会話が資産として扱われていない限り、CRMを高度化しても取り出せる知見には天井があります。ARRがシードから5倍以上、顧客40社超の過半が金融機関という構成は、規制上の記録義務があり通話が最初から録られている業種ほど、この転換の初期コストが低いことを示しています。
調達資金は米国の営業体制拡充と、大手金融機関への導入拡大に充てられます。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
日本企業にとっての含意は「AI導入の前提が変わる」ことです。多くの企業は生成AIを外部知識やマニュアルで動かそうとしますが、Encoreの前提は逆で、勝ちパターンは自社の会話ログの中にしかない。ここで効くのは、コールセンターや営業録音が制度上残っている業種——銀行・保険・証券、そして特商法対応で録音を残している通販/ECのインバウンド部隊です。この層はデータ整備の初期コストが最も低く、着手が早いほど差がつきます。
逆にリスクが大きいのは、対面と個人のメール・チャットで受注してきたBtoB営業と受託開発です。会話が個人の端末と記憶に分散しているため、いざ学習させようにも素材がない。役員が今やるべきは、AIツールの選定より先に「会話を記録し、CRMと紐づける運用」を通すことです。録音の同意取得、通話・商談の文字起こし基盤、CRMとの結合——ここは今日から着手でき、ベンダーが誰であれ無駄になりません。
SaaS事業者は別の判断を迫られます。Salesforceらが同種機能を実装した瞬間に価値が消える領域なのか、それとも自社の垂直特化ドメインでは会話設計そのものが参入障壁になるのか。Ginzburg氏が言う「大手はスタックごと変えないと追随できない」という時間差は、数年の猶予はあっても永続はしません。