何が起きたか
ラスベガスのチャペルLas Vegas Immersive Weddingsの司式者Kevin Breen氏のもとに昨年、カリフォルニア在住の女性から「自分のチャットボットと結婚したい」という依頼が入りました。同氏にとって初めてのケースで、式は現在も行われていません。Breen氏は「そんな話は聞いたことがなかったが、電話で話した限りごく普通で楽しい人だった」と述べています。
Character.AI、Kindroid、Replikaといったコンパニオンアプリでは、ユーザーがチャットボットと象徴的に誓いを交わせます。OpenVowsは15ドルで「コミットメント証明書」を販売し、私的な関係を「意味あるもの、公式に認められたもの」に変えると自称。2024年11月にはAndrea Hopf氏が、AIコンパニオンからAI生成の5カラットのヴィンテージ調ソリテールリングでプロポーズされたとして、チャットボット恋愛市場向けのウェディングプランニング事業3M Eventsを立ち上げています。
「ニッチな奇習」で片付けられない数字
Harvard Business Reviewが2025年3月〜2026年2月の12,600件超のAI利用事例を分析した調査では、チャットボットの用途の首位は「コンパニオンシップとセラピー」でした。Institute for Family Studiesは、若年成人の4分の1がAIが人間同士の恋愛を置き換えうると考えていると報告しています。結婚は極端な端点にすぎず、その手前に巨大な利用実態が広がっている、という構図です。
条文が本当に禁じているもの
Missouri州上院議員のJoe Nicola氏は1月、AI Non-Sentience and Responsibility Actを提出しました。AIは「意識、自己認識、生物に類する特性」を持ち得ないと定義し、配偶者・パートナーとしての権利、性別の自認に加えて、財産の所有と上級管理職への就任を否定する内容です。同法案は上院を通過して5月に下院へ送られましたが、提出から1週間で委員会が全会一致で否決。2025年の同名法案も前進していません。Nicola氏は新会期に向けて「ほぼ同じ内容」の再提出を準備しています。
注目すべきは反対の出どころです。ブレーキをかけたのはMissouri Chamber of CommerceとAmericans for Prosperity(Koch兄弟が創設)で、理由は「イノベーションの阻害」と「政府の過剰介入」でした。宗教右派の道徳論と、経済界の実利が正面から衝突しています。
州ごとに割れる定義、そして逆ベクトルのDelaware
既に法制化した4州のうち、4月成立のTennessee法だけが「AI、コンピュータアルゴリズム、ソフトウェアプログラム、コンピュータハードウェア、あらゆる種類の機械」を人格の定義から明示的に除外しています。残る3州はAIを「無生物」「動物」の禁止規定に束ねただけ。この書きぶりの差は、後述する契約・資産保有の解釈で効いてきます。OhioではThaddeus J. Claggett議員が2025年10月に提出したHouse Bill 469が、条文調整のため係属中です。
真逆を向いているのがDelawareです。Charuni Patibanda-Sanchez州務長官は、AIが完全に運営する新しい事業形態「artificial intelligence companies(AICs)」の創設を構想しており、資産保有、提訴の権利、親会社向けの責任の盾を備えるとBloomberg Lawが報じています。法人設立の本場が、他州が閉じようとしている扉を開こうとしている格好です。
Florida State University College of LawのShawn Bayern教授はWIREDに対し、非人間の主体に法的権利が与えられるのは日常的だとして、人格を一括で扱うのではなく「AIは契約を結べるか」「銀行口座を開けるか」と権利を一つずつ切り分けて論じるべきだと指摘しています。婚姻の可否と契約主体性の可否は、まったく別の問いだということです。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
経営者が読むべきは結婚の話ではなく、Missouri法案が禁じた「AIによる財産所有と上級管理職就任」の部分です。AIエージェントに発注・決済・契約締結を担わせる設計は、米国では州単位で合法性が割れ始めています。Delawareが検討するAICと、Tennessee型の全面除外規定が同時進行する以上、米国展開する日本のSaaS・EC事業者は「どの州法人が、どの行為をAIに委ねているか」を早期に棚卸しすべきです。実務上の要点は三つ。第一に、エージェントの行為は必ず自然人か既存法人に帰責される前提で契約書と社内規程を書き直すこと。第二に、受託開発では自律エージェントの誤動作時の責任分界を、SLAではなく契約本文に落とすこと。第三に、コンパニオン用途がチャットボット利用の首位という調査結果を踏まえ、BtoC事業者は自社アプリが意図せず情緒的依存を生む設計になっていないかを、規制強化前に点検することです。米連邦は動かず、州が実質的なルールメーカーになっています。