何が起きたか
Vercelが公開した2026年7月の「AI Gateway」利用状況によると、Anthropicは支出ベースで65.1%を占めながら、処理されたトークン量では30%にとどまりました。差分をならすと、Anthropicのトークン単価は他の全プロバイダー平均の4.4倍。つまり「使われた量」ではなく「単価」で売上を積み上げている状態です。
モデル別では、登場して間もないFable 5がGateway支出の13.2%に到達し、Opus 4.8に次ぐ2位に付けました。同時に、これまで存在感の薄かったxAIとMoonshotが、オープンウェイト系モデルの支出で初めて可視化できるシェアを取りました。
全体の数字はさらに示唆的です。トークン流通量は59%増えたのに対し、支出の伸びは37%。平均トークン単価は13.6%下落しました。総量は増えているのに単価は落ちている——企業が安価なティアへ移し替えている動きが、価格の平均値に表れています。
なぜ重要か
この1枚のデータは、LLM市場が「単一の市場」ではなくなったことを示しています。片側では単価13.6%下落という価格競争が進み、もう片側ではAnthropicが4.4倍の単価で支出の3分の2を持っていく。安いモデルが増えたから高いモデルが売れなくなる、という単純な代替は起きていません。用途が二層に分かれ、それぞれ別の力学で動いています。
Fableは「高すぎる」のか
興味深いのは、同じ「Fableの価格」をめぐって正反対の読みが並んでいる点です。決済企業のRampは以前、Fableの利用が相対的に少ないことを根拠に、価格設定が高すぎる可能性を指摘していました。対してVercelは、7月にFableを使ったチームの10組中9組が新規顧客だったことを挙げ、新しい層を引き込めており、プレミアムモデルへの支払い意欲は健在だと解釈しています。
どちらが正しいかを断じる材料は、この記事の事実だけでは揃いません。重要なのは、VercelもRampも自社を通過するトラフィックという「全体の一部」しか見ていない、という点です。つまり、公開されるベンダー統計はどれもサンプルであり、自社の意思決定にそのまま貼り付けられるものではありません。
点をつなぐと見えるもの
量が59%増えて支出が37%増、単価は下落。この組み合わせは、AI利用が実験段階から本番運用の量に移り、コスト最適化のフェーズに入ったことを示唆します。そして、その最適化の先でもなお最上位モデルに支出が集中している。ルーティング——どのタスクをどのモデルに流すか——が、コスト構造を決める最大の変数になったということです。
出典: THE DECODER(2026年8月18日)/グラフの提供: Vercel
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
支出の3分の2が単価4.4倍の1社に集中しているという事実は、日本企業のAI予算にもそのまま当てはまる可能性が高い構図です。役員が最初に確認すべきは「どのモデルを使っているか」ではなく、プロバイダー別のトークン量シェアと支出シェアの乖離です。この2つが大きくズレているなら、単価の高いモデルが本来不要なタスクにまで流れています。
SaaS事業者は、原価の主因がトークン量ではなく単価であることを前提に、機能ごとの粗利を分解すべきです。全体の平均単価が13.6%下がる市場では、ルーティング設計を放置している企業だけが値下げの恩恵を受け取り損ねます。ECなら商品説明生成・問い合わせ一次応答は下位ティアへ、与信や不正検知に関わる判断だけ最上位モデルへ、という切り分けが現実解です。
受託開発では、Fable 5の利用チームの9割が新規顧客だったという事実が示すとおり、最上位モデル前提の案件は新規需要として立ち上がっています。「安いモデルで作れます」だけを売りにすると、単価の高い領域を取り逃がします。提案時にモデル選定の根拠と切り替え可能性を設計要件として明示できるかが、差になります。
ただしVercelもRampも全体の一部しか見ていません。ベンダー統計は自社の計測を始める理由にはなっても、意思決定の代替にはなりません。