何が公開されたのか
Block(Square、Cash App、Tidalを擁するJack Dorsey氏創業のテック企業)が、デスクトップアプリ「Berd」をオープンソース化しました。ライセンスはApache 2.0で、商用利用・改変・再配布が可能。macOS/Windows/Linux向けのビルドが無償でダウンロードできます。
Berdはブラウザ上のワークスペースではなく、ローカルにインストールするGUIアプリです。BlockでAI Capabilitiesを統括するBrad Axen氏は、価値の多くがユーザーの手元にあるプロジェクト・ローカルファイル・ツール・リポジトリ・エージェントを直接扱うことから生まれるため、デスクトップ優先にしたと説明しています。
出発点は社内の実務的な不満でした。Block社内では自社製のGoose、AnthropicのClaude Code、OpenAIのCodexといった有力なエージェントが使われていましたが、Technology CommunicationsのLucinda Bell氏は、それぞれUI・設定体系・コンテキスト管理の作法が異なり、横断作業が煩雑になっていたと述べています。Berdはその上に被せる「一貫したデスクトップ環境」です。
アーキテクチャ:新しいモデルでもランタイムでもない
重要なのは、Berdが基盤モデルでも新しいエージェントランタイムでもないという点です。実装はTauri 2+React 19で、Agent Client Protocol(ACP)を介してGooseと通信します。Gooseは「サイドカー」プロセスとして同梱・並走し、モデルとコンテキストとツールを回すエージェントループそのものを担当。Berd側はプロジェクト、セッション、コンテキスト、エージェント、設定を受け持ちます。
Gooseは2025年1月にBlockが公開したモデル非依存のエージェントフレームワークで、MCP経由を含めてLLMをファイル・コマンド・外部システムに接続します。2025年12月にはAnthropicやOpenAIらとBlockが設立に関わったLinux Foundation傘下のAgentic AI Foundationに寄贈され、MCPと並ぶベンダー中立の置き場を得ました。
地味ですが実務的に効くのが、READMEに記されたバージョン固定の作法です。ビルド時にlockfileでGooseバックエンドのバージョンをピン留めし、キャッシュ済みバイナリが一致するか検証したうえで同梱する。つまりアプリとデフォルトのエージェントバックエンドの間に、明示的なバージョン境界が引かれています。バックエンドが黙って動いてしまわないという設計は、社内展開の再現性を担保するうえで無視できません。
「操作状態が見える」ことを設計思想にした
Berdのプロダクト仕様は、いまどのプロジェクト・ファイル・エージェント・モデル・プロバイダー・セッション状態が会話に効いているのかを、ユーザーが常に把握できることを要求しています。Blockはこの「動作状態の可視化」こそが、単なるチャットボットのラッパーとの分かれ目だとしています。設定(プロバイダー、拡張、スキル、自動化、プロジェクト)は管理画面の奥に埋めず、ワークフローの一部として扱い、失敗・利用不可のプロバイダー・ロード中やストリーミング中の状態もそのまま表示します。
エージェントには役割・指示・スキル・ツールに加えて、見た目で識別できるアニメーションキャラクターが与えられます。旗艦デザインは「Gloopies」と呼ばれ、公開サイトではBerdy、Pushback、Choosey、Copycat、Tinker、Wildcardといったペルソナが紹介されています。Pushbackは草稿に対して反対意見を出し、Chooseyは選択肢の絞り込みを助け、Copycatは本人の文体を学習します。Blockのブログは「アバターはエージェントを識別可能にする。役に立つかどうかは役割・スキル・ツールが決める」と書いており、仕様は狙う人格を「focused, capable, companionable」と定義したうえで、おもちゃっぽい見せ方や過剰な装飾UI、愛想の裏に動作状態を隠すインターフェースを明確に否定しています。
競合との違いは価格ではなく「拘束の有無」
比較対象を並べると輪郭がはっきりします。OpenAIのCodexアプリはPlus月20ドルからPro月200ドルの有料ChatGPTプランに含まれ、対応モデルはOpenAIのみ。Claude Codeも同様にPro月20ドル、Max月100〜200ドル(APIの従量課金も可)でAnthropicのモデルのみ、利用上限には開発者から批判も出ています。CursorはPro月20ドル、Ultra月200ドルで複数のフロンティアモデルに対応しますが、AIネイティブなコードエディタであり開発者向けです。
Berdは無償のオープンソースで、支払うのは自分が選んだモデルプロバイダーの費用だけ。公開版ではBlockが選んだモデルスタックを引き継ぐのではなく、使いたいプロバイダーとハーネスを自分で構成します。オープンソースであること、複数ハーネスを跨げること、コーディング以外にも使えること——この3点の組み合わせが差分です。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
日本企業の経営層にとっての含意は「AIエージ��ントの作業環境を、どのベンダーにも人質に取られない形で持てるようになった」ことです。
第一に、受託開発・SIerです。顧客ごとにClaude Code、Codex、Goose と指定が割れる状況で、開発者一人あたり月20〜200ドルのサブスクを重ねる構造は明らかに歪みます。Berdは環境側を統一し、モデル費用だけを案件原価に付け替えられる。lockfileでGooseバックエンドをピン留めできる点も、納品環境の再現性を求められる受託には効きます。
第二に、EC・SaaS事業者です。Berdはエンジニア以外が会話から始めて必要に応じてツールや構造を足せる設計で、Pushback(草稿への反論)やCopycat(文体学習)のようなペルソナは、商品説明文やCS返信の運用にそのまま当てはまります。
第三に、情シス・法務が押さえるべき線引き。会話履歴は端末内のGooseセッションDBに、認証情報はOSキーチェーンに保存されますが、Axen氏自身が「ローカルファーストはデータが一切端末から出ないという意味ではない」と述べている通り、実際のデータ経路と契約条件は選んだモデルプロバイダー次第です。公式配布版はテレメトリがデフォルト無効ですが、Blockはサードパーティのフォークがテレメトリを改変・転送先変更しうると注意喚起しています。カスタムビルドを社内配布するなら、Blockの既定値が引き継がれている前提を捨て、そのビルドの実挙動を検証してから配ることが最低条件です。