何が起きたか

米国の中間選挙サイクルで、AIとデータセンターの規制を掲げる候補者の連携が形になってきました。「AI Pact」は5つの約束からなる誓約で、全米15人を超える立候補者が署名しています。サイトは「人間優先の未来を確実にするために必要な最低ライン」を掲げると説明しています。

5つの約束には、AIモデルに対する義務的な安全審査の推進、労働者に還元される「AI配当」政策の支持、モデルが引き起こした損害について消費者と企業が訴訟を起こせるようにすること、が含まれます。データセンターについては明示的なモラトリアムを求めず、「税優遇、密室での取り決め、過剰なエネルギー使用を禁じる政策を支持する」という表現にとどめています。

運営母体は、政治とカネの問題に取り組む Political Integrity Project の派生組織です。共同創設者の Daniel Lobo-Lewis 氏は、AI安全団体やAI立法に関わる政治組織とのネットワークから5項目を作ったと述べています。資金は進歩派のPACから出ており、AI安全団体やテック企業からの直接の資金提供はないとしています。署名者は Dan Osborn 氏を除き現時点で全員が民主党ですが、共和党の署名者も歓迎するとのことです。

なぜ重要か

注目すべきは、この争点が党派の枠を越え始めている点です。ネブラスカ州から無所属で上院に挑む Osborn 氏(海軍出身の労働運動リーダー、共和党現職 Pete Ricketts 氏に対抗)は、先週日曜の4回目のタウンホールで、自称「筋金入りのMAGA」の有権者にAIとデータセンターの話題を振ったところ「すぐに歩調が揃った、100パーセントの合意だった」と語っています。

共和党側でも動きがあります。テキサス州の Abbott 知事は今月、建設の一時モラトリアムを開始し、先週末にはデータセンターが州内で「自ら墓穴を掘った」と発言しました。同州の司法長官で上院を目指す Ken Paxton 氏は今週、チャットボットが「子どもの安全を損なう」場合にデータセンターに法的責任を負わせるという計画を発表しています。ペンシルベニア州の Josh Shapiro 知事など、かつて誘致に前向きだった知事も規制姿勢を示し始めました。

賛否が割れる「モラトリアム」という言葉

誓約の表現が抑制的なのは意図的です。Lobo-Lewis 氏は、これは候補者が署名できる「床(フロア)」であり、特に労働組合と強いつながりを持つ候補者に配慮したと説明します。実際、複数の労働組合が最近になってデータセンター建設への支持を改めて表明しています。建設雇用と、AIによる他業種の雇用破壊が正面からぶつかる構図です。

進歩派ストラテジストの Alexander McCoy 氏は、激戦区の候補者は生活費・雇用創出・コスト低減に集中しており、データセンター案件がそれらに寄与する可能性を否定したくない一方で、「今この場で建設雇用をつくることは、地区の他の労働者の機会を壊す代償に見合うのか」と問いを立てます。バーモント州の無所属議員 Bernie Sanders 氏は3月、議会がAIの危険から市民を守る法律を通すまで建設を全国的に止めるモラトリアムを提案し、AI安全とデータセンターを結びつけた最初期の政治家となりました。

もう一つの論点は、住民の反対がAIへの懸念とどこまで結びついているかです。世論調査では、データセンターに対する環境面の不安がAIそのものへの不安を大きく上回るという結果があり、評論家からは両者の距離を問う声も出ています。Osborn 氏はこれに対し、有権者がデータセンターとビッグテックの負の側面——プライバシー侵害や Flock のカメラの拡大——を結びつけていないという見方はワシントンDCの中だけで育った発想だと反論し、「彼らは我々全員を馬鹿だと思いたがる」と述べています。

連邦政府の動きとの温度差

ホワイトハウスは現在、AIモデルの自主的な安全審査を検討中とWIREDは報じています。トランプ大統領はAI企業幹部とAI利益の労働者配当について協議しており、この構想は OpenAI の Sam Altman CEO が持ちかけたと伝えられています。また政権は、データセンターに起因する電気料金上昇から需要家を守るための自主的な誓約に、AI企業・知事・電力会社が署名するよう促してきました。ただしトランプ氏自身は建設支持を繰り返しており、「もし自分が町の市長や州知事なら、AI工場やデータセンターを誘致する機会があれば絶対に欲しい」と語っています。

注目すべき対比は「自主的」と「義務的」の一語です。AI Pact が求めるのは義務的な安全審査と提訴権であり、Lobo-Lewis 氏はホワイトハウスの動きを口先だけと切り捨て、「政権が本気でモデルの義務的安全審査や、データセンター建設への全国的な税優遇の見直しをやりたがるとは想像できない」と述べています。制度の中身が同じ言葉で語られながら、強制力の有無で正反対の帰結を生む——ここが今後の分岐点です。

💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか

日本企業にとっての含意は「AIインフラのコストと立地リスクが政治変数になった」という一点に集約されます。第一に、電力・不動産・建設セクター。北米でデータセンター向けEPCや電力設備を手掛ける日本企業は、テキサス州のモラトリアムのような州単位の急停止を事業計画の前提に織り込む必要があります。税優遇を禁じる政策が広がれば、案件の投資回収前提そのものが崩れます。

第二に、SaaS・EC・受託開発。クラウド原価は電力politicsの下流にあります。ratepayer保護の議論が進めば、値上げは事業者側に転嫁される可能性があり、AI機能を原価変動の大きいまま定額課金で売っている企業は、契約更改時の価格改定条項を今のうちに手当てすべきです。

第三に、プロダクト責任。AI Pact はモデルの損害について「消費者と企業が訴訟できる」ことを求め、Paxton 氏の案は子どもの安全を損なうチャットボットにデータセンターの法的責任を及ぼします。AI機能を組み込んだ日本製プロダクトを米国市場に出すなら、免責条項頼みではなく、出力ログの保全と年齢配慮の設計を今期の開発項目に入れる判断が要ります。義務的安全審査が州法で先行する可能性を見て、モデルの評価記録を残す体制を先回りで作った企業が、後で調達要件を満たせます。

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