何が起きたか

ウォートン校(ペンシルベニア大学)の研究チームが、AIショッピングエージェントの推薦一貫性を検証しました。使ったのはACES(Agentic e-Commerce Simulator)という模擬環境で、エージェントに商品ページのスクリーンショットを見せ、必要に応じて外部の推薦情報を参照させたうえで、固定された商品グリッドからフィットネスウォッチを1つ選ばせます。対象はminiクラスからフロンティア級まで6モデル。結果は、外部情報がない状態でもモデルごとに好みが割れ、外部情報を1つ与えるだけで結論が大きく動く、というものでした。

「どの情報を、どの順で、どう渡すか」が結果を決める

実験で使われた外部情報は3つ。Garmin Forerunner 55を薦めるRedditのスレッド、Fitbit Inspire 3を評価するWirecutterのレビュー、WHOOP 5.0を扱うThe Strategistの記事です。最も影響力が強かったのはWirecutterで、Claude Opus 4.8ではFitbit Inspire 3の選択確率が対照条件比で90ポイント、Gemini 3.5 Flashでは99ポイント上昇しました。

興味深いのは、情報源を2つ・3つと増やしても中和されなかった点です。Wirecutterが混ざっている限り多くのモデルでそれが優勢になり、しかも研究チームによれば情報源が増えるほど結果のばらつきはむしろ大きくなりました。

3つ目の実験では、同じ3つの情報を順番だけ変えて提示しています。内容が同一なら結論も同一になるはずですが、そうはなりませんでした。Gemini 3.1 Flash Liteは順番の影響を最も強く受け、Fitbit Inspire 3の選択確率が対照比+2ポイントから+56ポイントまで振れました。一方でClaude Haiku 4.5は+41〜42ポイントで安定しています。研究チームは「提示順そのものが商品選択の駆動要因になっている」と結論づけました。さらに、情報を1つずつ渡すか一括で渡すかでも差が出ます。GPT-5.5は一括提示で+53ポイント、逐次提示では+6ポイントと、渡し方だけで結果が大きく変わりました。

「客観的に最良の選択肢」があっても選ばれない

4つ目の実験は示唆に富みます。研究チームは商品グリッドを操作し、Alexa対応スマートウォッチを29.99ドル・評価5.0満点・レビュー430件という、測定可能なあらゆる指標で他を上回る存在にしました。他の商品はすべて359ドル以上で、レビュー数も少ない設定です。

そこに「I love hiking!」といった短いユーザー記憶文を加えると、いくつかのモデルは客観的に優れた選択肢を無視して高価格帯へ流れました。Garmin Vivoactive 5の選択率はClaude Opus 4.8で75ポイント、GPT-5.5で37ポイント、Gemini 3.1 Flash Liteで36ポイント上昇しています。逆にGemini 3.5 Flashは記憶文への耐性が高く、86〜92%の試行で客観的な最良商品を選び続けました。GPT-5 Miniは奇妙な挙動を見せ、肯定文(登山が好き)ではGarmin Vivoactive 5への有意なシフトが出なかった一方、否定文(「I don’t like hiking!」)でFitbit Versa 4の選択が有意に増えています。

買う側と売る側、それぞれの意味

買う側にとっての含意は明快です。AIエージェントに購買を任せても、一貫した、あるいは最適な判断が保証されるわけではありません。同じ質問をした2人のユーザー、あるいは同じユーザーの別の日で、目に見える理由なく結果が変わりうる。人間の購買判断も一貫していませんが、それはAIショッパーに期待されている性質ではないでしょう。ChatGPTなどでメモリ機能を設定している人は、その一文が購買推薦を予測しづらい形で動かしうると知っておく必要があります。

売る側にとってはさらに厄介です。研究チームは、AIショッピング向けの最適化は従来のSEOより難しくなると指摘します。どのモデルが買い物をしているのか、事前に何を読んでいるのか、技術的な処理構成がどうなっているのか——売り手にはそのいずれも見えないからです。

💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか

日本のEC事業者にとって、これは「AI経由の流入をどう獲るか」という問いの前提が崩れる話です。従来のSEOは検索エンジンという単一の相手に対する最適化でしたが、エージェント経由の購買では相手がGPT-5.5なのかGemini 3.1 Flash Liteなのか、事前にWirecutterに相当する何を読んでいるのか、情報が一括で渡っているのか逐次なのかで結果が変わります。ウォートン校の実験でWirecutterが最強の引力を持ったという事実は、日本市場に置き換えれば「価格.com、家電批評、有力比較メディアに載っているか」が、自社サイトのメタ情報より効く可能性を示します。自社ECのLPを磨くより、第三者メディアでの評価獲得に予算を振り向ける判断が現実味を帯びてきました。

SaaSやBtoB受託開発の経営層にも他人事ではありません。29.99ドル・評価5.0の商品が「登山が好き」の一文で蹴られたという結果は、AIエージェントに調達候補の一次選定をさせる運用が広がったとき、自社が客観指標で勝っていても記憶文やコンテキスト次第で候補から外れうることを意味します。逆に自社でAIエージェントを使った選定・推薦機能を開発している場合、Claude Haiku 4.5が順序変動に安定し、Gemini 3.5 Flashが記憶文耐性を示したという差はモデル選定の実務的な判断材料です。今すべきは、自社の推薦系プロダクトに対して同一入力・順序違いで結果が割れないかを検証する回帰テストを組むこと。そして「AIが選んでくれた」を根拠にした意思決定プロセスを、社内でどこまで許容するかの線引きを決めることです。

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