何が起きたか
New York Times(NYT)は、自社の著作物が無許諾でLLMの学習に使われたとしてOpenAIを提訴しています。この係争中の訴訟に、トランプ政権が20ページの意見書を提出し、OpenAI側の主張を支持しました。
意見書の骨子は明快です。米国は「AI利用の実務と手続きについて世界標準を打ち立てる、強固で競争力のあるAI産業を育てる強い利害を持つ」とし、トランプ大統領が昨年署名した「AIにおける世界的リーダーシップの維持」に関する大統領令を引き合いに出しています。さらに「フェアユース法理を誤解したままLLM開発を制約すれば、創造的・科学的な進歩を妨げ、米国の繁栄と経済的流動性を損なう」と述べています。
重要なのは、これが判決ではないことです。審理は米ニューヨーク州南部地区連邦地裁で進んでおり、意見書の作成者に管轄権はありません。それでも、行政府が一方の当事者を明示的に支持したという事実自体が、判断の空気に影響を与える可能性はあります。
争点は「変容的利用」と言えるか
ChatGPT、Claude、Geminiといったチャットボットを支えるLLMは、著作権のある書籍・記事・その他メディアを含む膨大な公開物のデータベースで学習しています。NYTをはじめとする多くのパブリッシャーは、その無許諾利用は違法だと主張しています。
法的な焦点は、著作権法の例外規定であるフェアユースです。特定の条件下では許諾なしに著作物を使えるという枠組みで、この訴訟では「AI企業による利用が、法的に適法と認められるだけの『変容的(transformative)』なものか」が問われています。
判例の流れはAI企業に有利
これまでのAI学習と著作権侵害をめぐる訴訟は、おおむねAI企業側に有利に進んできました。象徴的なのが、William Alsup判事によるAnthropicの事案です。同判事は昨年、学習に作品を使われた作家らに対し、Anthropicに15億ドルの著作権和解金の支払いを命じました。
ただし内訳を読み違えてはいけません。制裁の対象はAI学習そのものではなく、学習用の書籍を違法な「シャドーライブラリ」から海賊版として入手した行為でした。Alsup判事はLLMの学習を人間の読書になぞらえ、「作家を志す読者と同じように、Anthropicのモデルは作品を先回りして複製したり置き換えたりするためではなく、大きく方向を変えて別のものを生み出すために学習した」と述べています。
つまり現時点で形成されつつある線引きは、**「学習という行為」ではなく「学習データをどう入手したか」**にあります。15億ドルという金額は学習の対価ではなく、調達プロセスの違法性に対する値札でした。今回の政権の意見書は、この「学習行為そのものは変容的である」という方向をさらに後押しするものと読めます。
政治が法理に乗り出した
この一件が新しいのは、著作権という私法上の争いに、産業政策と国家間競争の論理が正面から持ち込まれた点です。フェアユースの4要素はもともと市場への影響などを見る枠組みであり、「他国に勝つため」という理由は本来の判断材料ではありません。それが行政府の意見書として法廷に提出された——ここに、AIをめぐる法解釈が純粋な法理から地政学の領域へ滑り出している現実があります。
記事はTechCrunchのシニアライター、Amanda Silberling氏によるものです。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
日本企業の実務に効くのは「学習は変容的、しかし調達は別問題」という線引きです。Anthropicの15億ドルは学習ではなく海賊版入手への制裁でした。ここから導ける行動は3つです。
受託開発・SIer:クライアント向けにファインチューニングやRAGを構築する際、学習・埋め込みに投入するデータの入手経路を証跡として残す運用に切り替えるべきです。スクレイピングした記事、出所不明のPDFコーパスは、たとえ「学習は合法」でも調達段階でアウトになり得ます。契約書のデータ提供責任条項を今期中に見直す価値があります。
EC・メディア事業:自社の商品説明文やレビュー、記事は他社モデルの学習材料になり得ます。米国の潮流が学習容認に傾くなら、robots.txtやライセンス表明での防御は限定的です。むしろ有償ライセンス交渉のカードとして自社データを位置づけ直す方が現実的です。
SaaS:顧客が最も気にするのは「うちのデータが学習に使われないか」です。米国の法環境が緩む方向に動くほど、契約で明示的に学習不使用をコミットすることが差別化になります。
そして全社に共通する論点として、これは米国の議論であり、日本の著作権法第30条の4とは別建てです。米国基準の緩和をそのまま国内運用の根拠にしないことが、法務上の最低ラインです。