何が起きたか
ニューヨーク・タイムズ(NYT)は2023年、自社記事を許諾なくAIの学習に使ったとしてOpenAIとMicrosoftを提訴しました。この訴訟に対し、火曜日、米連邦政府が裁判所へ意見書を提出。著作物へのAI学習がフェアユース(公正利用)にあたるかについて、米国は「強い利害」を持つと明言しました。
政府側の主張は大きく三点です。第一に、LLMの学習は入力を意味のある形で変える「極めて変容的」な利用である。第二に、OpenAIのLLMはNYTの記事と有意に競合していない。米国の裁判所はフェアユース判断でこの両条件を含む複数の要素を考慮します。第三に、NYTのフェアユース定義は現行著作権法と「矛盾している」。政府弁護士は「フェアユース法理の誤解のもとでLLM開発を制約すれば、創造的・科学的進歩を妨げ、米国の繁栄と経済的流動性を損なう」と書きました。
意見書は、学習(training)と出力(output)を混同すれば「著作権法全般に問題ある含意」が生じ、他人の文章で学ぶ人間の書き手も同様に違法になりかねない、と論じます。若き日のジョーン・ディディオンがヘミングウェイの小説をタイプして書き方を学んだ例まで持ち出しました。
なぜ重要か
注目すべきは、政府が「本件および関連する他の訴訟のすべての当事者に適用される」と明記した点です。他の出版社や著者による訴訟も射程に入る。現在、AI学習をめぐる著名訴訟は数十件が係属中であり、行政府の立場表明はその全体に効きます。
もっとも法的な拘束力はありません。IP弁護士のEvan Brown氏(Neal & McDevitt)は、本件を担当するSidney H. Stein判事が意見書に従う義務はないとしつつ、「司法省から出たものである以上、本質的に大きな重みを持ち、かなり真剣に受け止められる」と述べています。著作権法学者のPamela Samuelson氏(Berkeley Center for Law & Technology)は、これまでのAI著作権判決の流れと整合する「重要な進展」だと評しました。
判例の地形と反発
実際の判決も、単純な「AI企業の勝ち」ではありません。Kadrey v. Meta ではMetaが形式的に勝訴しましたが、判事は原告が損害の立証を欠いたと指摘し、状況が異なれば無許諾学習は違法になり得ると強調しました。Anthropicは敗訴し、著作者へ15億ドルを支払うことになりました。国内史上最大の著作権和解とされます。ここでも判事は学習自体はフェアユースと認めつつ、書籍を海賊版で入手した点に損害を認めています。
つまり争点は「学習してよいか」から「入手経路と実害の立証」へ移りつつある。先週後半にはSonyとWarner Musicが、Universal Music Groupらの先行訴訟に続いてAnthropicを提訴し、Claudeの学習に著作物が盗まれたと主張しています。Anthropicはフェアユースで争う構えです。
反発も強い。NYT広報のGraham James氏は「政権は、作品を盗まれた無数の米国のクリエイターを犠牲にして、ひと握りの兆ドル規模のAI企業の側に立った」と批判し、「AIもクリエイターも共に栄えられる。AI企業は製品を成り立たせているコンテンツに正当に支払えばよいだけだ」と述べました。2023年に独自にOpenAIを提訴したAuthor’s GuildのCEO、Mary Rasenberger氏は「極めて失望した」とし、意見書は「誤った議論と、フェアユース法理・著作権法への甚だしい誤解に満ちている」と切り捨てています。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
日本企業にとっての実務的な含意は「学習の可否」より「入手経路の証跡」です。Anthropicの15億ドルは学習ではなく海賊版入手が理由でした。自社で追加学習やRAGを行う事業会社、SaaS、受託開発は、データの取得元・許諾条件・取得日時を残す調達台帳を今すぐ整えるべきです。特に受託開発は、顧客提供データの権利保証を契約のどちらが負うかが曖昧なままの案件が多く、ここが最初に火を噴きます。
ECやメディア事業の役員は逆側の立場も持ちます。自社の商品説明文やレビュー、記事がAIに学習される前提で、コンテンツを「代替されにくい形」に寄せる判断が要ります。政府意見書が「LLMはNYT記事と有意に競合しない」と論じた以上、競合しない汎用的な情報ほど守られにくい。在庫・価格・実測データなど、自社しか持てない一次情報に投資する意味が増します。
そして今回の判断はあくまで米国法の話です。日本の著作権法30条の4は別建てであり、EU AI Actの学習データ開示要求もある。グローバル展開する企業は、米国の追い風をそのまま社内基準にしないことです。