何が指摘されたか
AI Snake Oilは、AIが「がん根絶」「寿命倍増」「10年で1世紀分の進歩」といった指導者たちの予測を後押しするどころか、むしろ科学の機能不全を加速しかねないと論じました。要旨は明快です。科学は市場よりも真実を報いる仕組みに優れる一方、技術的ショックへの適応は苦手であり、AIはすでに「不健全なショック」として作用し始めているという見立てです。
「生産と進歩のパラドックス」とは
計量科学の知見が示すのは、論文の生産量と科学的進歩の乖離です。1900年から2015年の間に論文発表数は500倍に増え、現在も12年ごとに倍増しています。2000年から2021年にかけて米国・中国・日本・ドイツ・韓国・英国・フランスの上位7か国で研究開発投資は4倍に増えました。にもかかわらず、ノーベル賞の対象となった発見が直近20年の研究に占める割合は、1970年の90%から2015年には50%にまで低下しています(Matt Clancy)。Park et al.は「disruptive(破壊的)」と評価できる研究の比率が論文や特許の指数関数的増加に対し相対的に縮小していることを示し、Milojevicは論文タイトルに含まれる固有表現(「認知的広がり」の指標)が2000年代初頭以降に停滞・減少したと報告しました。Bloom et al.は半導体(ムーアの法則)、農業の収量、医療の平均寿命のいずれでも、研究者1人あたりの生産性が低下していることを示しています。
なぜAIは事態を悪化させ得るのか
ChuとEvansが指摘するように、年間の論文数が増えすぎると研究者は全てを追えず、既存の正典(canon)から外れることがリスクになります。AIが文献要約・アイデア生成・分析・執筆・査読の各段階に入り込めば、平均的な論文の生産速度はさらに加速するでしょう。AI Snake Oilはこの状況を「料金所が原因の渋滞に対し、車線を増やしている」と例えました。AlphaFoldがPark et al.の被引用ベースの指標では「破壊的」と判定されないことも、量の指標で質を測る限界を物語っています。
教訓:過去の技術楽観論との重なり
カトリック教会が活版印刷を歓迎しなかったこと、アラブの春が民主化につながると見られた初期SNS楽観論が外れたこと——新技術が制度に与える影響の予測は外れがちです。1890年代の物理学が「行き詰まり」と見なされた後に革命が起きたように、低い果実が尽きたという議論にも反例があります。問われているのはAIの能力そのものではなく、科学という複雑系のボトルネックの所在です。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
日本の事業責任者は「論文数」ではなく「意思決定の質」を測れ
本記事の含意はR&D投資の意思決定に直結します。第一に、SaaSや製薬・素材・受託開発でAI導入KPIを「アウトプット量(ドラフト数・分析本数・PRレビュー件数)」に置く設計は、社内版の「生産・進歩パラドックス」を再生産します。日本のメーカーや製薬企業のように研究開発比率の高い事業会社は、特許出願数や論文数を成果指標から外し、「事業転換につながった発見の数」「打ち切れた仮説の数」を見るべきです。
第二に、ECやBtoB SaaSの企画部門でも同じ罠が待ち構えています。生成AIで施策案を量産すると、意思決定者は全てを評価できず、結局は既存路線(canon)に沿った案だけが通る。これは「やった気になるが事業は変わらない」典型です。CDO・CTOは、AI活用の効果検証を「アイデア量」ではなく「却下率」「異端案の採択率」で見る必要があります。
第三に、政策・補助金活用を担う役員層は、国の研究開発投資が4倍に増えても進歩が比例していない事実を踏まえ、「予算規模」より「集中投資先のテーゼ」で官民連携を選別すべきです。