「AIが大量解雇を引き起こす」という物語への反論
AI Snake Oilは、AIの能力向上がソフトウェアエンジニアの大量解雇を引き起こすという見方を、データに照らして否定する論考を公開しました。AI導入が最も進んでいるとされるエンジニアリング領域ですら、AIが直接の解雇要因になっている証拠は乏しい、という主張です。
Block・Snap・Intuit――個別事例の精査
2月に4,000人の削減を発表したBlock(Cash AppやSquare、Afterpayを擁する企業)について、CEOのJack Dorsey氏はAIが「より小さくフラットなチームによる新しい働き方」を可能にすると語りました。しかし背景には、パンデミック期に従業員数を3倍以上に膨張させたことによる財務圧力があります。Cash Appのデータサイエンティストだった武田直子氏は、75%の引き留め昇給を断って退職し、Blockは「AIを全員に押し付けた」が「生産性の向上は非常に限定的だった」と証言しました。
4月に約1,000人を削減したSnapは、新規コードの65%をAIが生成するとEvan Spiegel CEOが語る一方、削減の背景にあるのは物言う株主によるコスト削減キャンペーンです。同社は2017年のIPO以降毎年通期で純損失を計上し、2026年に入って株価は30%超下落。削減のうち150人はAI露出度の低いAR部門に集中していました。
5月に3,000人削減を発表したIntuitのCEOは「AIとは関係ない」と明言し、削減対象は「調整業務が多い役割」と過剰な管理階層だと説明しています。
「AIウォッシング」の広がり
米国の採用マネージャーの59%が、採用凍結や解雇の説明にAIを持ち出しています。一方でForresterのJ. P. Gownder氏は「AI主導の解雇を準備している企業に、成熟して検証済みのAIアプリで穴を埋められるか尋ねると、10社中9社は答えはノーで、着手すらしていない」と指摘します。HBRが世界の経営者1,000人超を対象に行った調査では、AIを見越して大規模に人員を削減した企業は21%、低〜中程度の削減を行った企業は39%に上る一方、実際のAI導入に伴う大規模削減を行った企業はわずか2%。見越し削減と実態の差は10倍に達します。
ニューヨーク州WARN法の数字
100人を超える大量解雇を対象とするWARN法に、ニューヨーク州は2025年3月にAI起因を申告するチェックボックスを追加しました。最初の1年でWARN通知を提出した160社超のうち、5月下旬時点でAI欄にチェックを入れたのはNespresso1社のみ。州内で解雇された約25,000人のうち、AI起因とされたのは46人(約0.2%)にとどまります。
AIの労働への影響は「採用減速」として現れる
研究は、AIの労働への効果は「解雇増加ではなく採用減速」を通じて働くと示唆しています。労働者を解雇すると、AIを運用するために必要な暗黙知が失われるためです。連邦準備制度(FRB)の研究では、米国の雇用は依然として増加しているものの、ChatGPT登場後の伸びは「AIがなかった場合」と比べ年率で約3ポイント遅いと推計されています(自営業は捕捉されていません)。
間接的なAI起因の雇用喪失も存在します。CheggやStack Overflowのように製品自体が陳腐化したケースと、IBMやSAPのようにAI製品ラインへ人員を再配置するケースです。
「AIが書いたコード比率」というミスリーディングな指標
コーディングは「決定→実行→検証」の真ん中の層にすぎず、ボトルネックではありません。Microsoftの6,000人の開発者を分析した2019年の論文は「開発者がコーディングに費やす時間は研究によって9%〜61%」と報告しています。GitHub上の10万人の開発者を対象とした「Writing Code vs. Shipping Code」研究では、AIエージェント導入で書かれたコード行数は8倍に増えたものの、リリース回数の増加は30%にとどまりました。
本当のボトルネックは、何を作るべきかを決定・仕様化することと、成果物を検証して責任を持つこと、そしてコードベースや事業環境への深い理解です。ソフトウェアの複雑性は時間とともに増すため、AIが下位の決定を担うほど、人間の判断の価値はより上位へと移っていくと論考は指摘します。
歴史的なアナロジー
1950年の米国国勢調査に記載された270の職業のうち、完全に自動化で消滅したのはエレベーター操作員ただ1つでした。電信技士のように新技術で陳腐化した職業は多くありますが、それは「自動化による置き換え」とは異なる現象です。
出典: AI Snake Oil