そもそも「ハーネス」とは何か
AI支援開発の近年の進歩は、モデルそのものだけでなく、モデルを取り巻く「ハーネス(harness)」と呼ばれるソフトウェアの改良によって生まれてきました。ハーネスとは、1つ以上のAIモデルの周辺に組まれたソフトのことで、モデルが「何を見るか」「どんな操作ができるか」「コードベースとどう対話するか」を決めます。Claude Code(Anthropic)、Codex(OpenAI)、Antigravity(Google)、オープンソースのOpenCode、CursorやAugment Codeといったスタートアップ製品まで、いま各社がこの設計を競っています。
対立する2つの思想:grep型か、意味検索型か
Augment CodeのVinay Perneti氏は、文脈(コンテキスト)の集め方には2つの流派があると整理します。1つはClaude CodeやCodexが採るgrepベース。もう1つがAugmentの**意味検索(semantic retrieval)**です。
AnthropicのClaude Codeチームは「lean harness(軽量なハーネス)」を掲げ、作り込んだ独自ツールをあえて減らす方針です。モデルが急速に賢くなる以上、重厚な事前機能は不要になると見て、必要なら開発者自身がツールを足せばよいという立場です。同チームのCat Wu氏は、コードベースの構造化コンテキストを事前に作る手法について「評価(eval)上、測定可能な変化は見られない」と述べています。
対してAugmentは、リポジトリを埋め込み(embeddings)、検索モデル、ベクトルデータベースで事前に索引化し、概念的に関連するコードをサブミリ秒で取り出します。同社は2022年(ChatGPT登場前)の創業時から約18か月を、大規模コードベース向けの検索・埋め込みモデルの研究に費やしてきました。
効果が出るのは「非公開の大規模コード」
Perneti氏によれば、意味検索の優位が最も現れるのは大規模かつ非公開のコードベースです。「公開OSSリポジトリは、ほぼどのモデルも丸暗記している」——ベンチマークの多くはそうした公開コードで走るため差が出にくい一方、モデルが一度も見たことのない社内コードでは事前索引が効きます。
実際、同一モデルでClaude CodeとAugment CodeをTerminal-Benchで走らせたところ、精度は同等ながらAugmentはトークンを33%節約できたといいます。探索(exploration)に費やす時間が減るためです。ただし「Claude CodeにRAGを足したが効果が出ない」という声には、「実装とコンテキストエンジンがまるで違う」と反論。汎用的なRAGでは同じ結果にはならず、検索システムの質そのものが問われると強調します。
「知性」と「文脈」、そしてコスト
Perneti氏は、高品質な成果には「知性(intelligence)」と「文脈(context)」の2要素が要ると述べます。知性は指数的に伸びる一方、文脈の収集にはトークン=コストがかかる。ゆえにハーネス設計は成果とコストを両立させるシステム工学の問題だ、というのが同氏の見立てです。将来的には、最難問だけをフロンティアモデルに送り、仕様が明確なコーディング工程は安価なオープンソースモデルが担う——そんなトークン配分の逆転が起きると予測しています。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
受託開発・SaaS・社内システムを抱える日本企業にとって、この論点は「AIコーディングツール選定」の判断軸を変えます。ベンチマークの高スコアは公開OSSでの成績であり、モデルが「暗記済み」の土俵にすぎません。自社の非公開・大規模レガシーコードでは事前索引型の意味検索が効きやすい、というPerneti氏の指摘は、PoCの設計を変える示唆です。評価は必ず自社リポジトリで、精度だけでなくトークン消費まで測るべきで、33%の効率差はAPI課金に直結します。受託開発企業は「エージェントはコード複製が得意=技術的負債を量産しやすい」点を前提に、仕様レビューという人間の判断工程を工程表に組み込むべきです。経営者は「モデルが賢くなれば軽量ハーネスで十分」派と「文脈エンジンで差がつく」派の両にらみで、ロックインを避けつつ、難問はフロンティア/定型はオープンソースへ振り分けるコスト設計を今から検討する価値があります。