何が起きたか

インド最大級の通信社ANI(Asian News International)は、OpenAIが著作権保護されたコンテンツをAI学習とChatGPTの出力に使ったとして提訴しました。デリー高裁のAmit Bansal判事は暫定判断で、学習・出力の両方の請求について仮差止めを認めませんでした。ただしこれは本案審理を前にした暫定判断であり、最終結論ではありません。

なぜ却下されたか——時系列とRAG

決め手は時系列でした。ANIは「自社記事をほぼ丸写しした」とするChatGPTの出力を証拠として提出しましたが、問題のGPT-4は2022年4月、GPT-4oは2024年4月時点のデータで学習されており、引用された記事は主に2024年8〜9月のもの。学習時点に存在しなかった記事を「学習の結果」再現できるはずがない、という論理です。

判事の暫定的な見立ては、類似の原因はRAG(Retrieval Augmented Generation=モデルが検索エンジンのようにリアルタイムでオンライン情報を取得する仕組み)にあるというもの。ここが重要な争点で、ANIは申立てでRAGに触れていなかったため裁判所は最終判断を保留し、「RAG経由の出力は『公衆への伝達』に当たり得る」として本案で扱うとしました。学習は問題なくとも、リアルタイム取得は別問題になり得る、という含みです。

学習は「リサーチ」——ただし条件付き

ANIは「記事を『そのまま(exactly)』再現せよ」という敵対的プロンプトを使いましたが、一字一句の複製は一つも出せませんでした。判事は、ニュースの「事実」は原則として著作権の対象外であり、話題や見出しの再現が本件でANIとの直接競合に当たるとは言えないと判断。三段階の公正さテストでも3項目すべてでOpenAI側に立ち、両社が異なる業種で事業を営むため経済的損害の立証が不十分だとしました。

さらにインド著作権法の「リサーチを含む私的・個人的利用」条項の『リサーチ』を広く読み、AI学習を包含すると解釈。ただし条件を付けました——学習用複製は海賊版ライブラリや無断アクセスした有料サイトではなく適法な出所から取得し、複製を公開せず内部処理に限ることです。判事はBartz v. Anthropic、Kadrey v. Meta、Google Books判決を引き、学習済みモデルが情報アクセス・教育・研究・開発・翻訳・障害者向けツールを支えると評価しました。

世界の判例は割れている

本判決は世界的な潮流の一部です。米国ではRaw Story/AlterNet訴訟が損害立証不足で却下、GitHub Copilot訴訟も同一コードの実例を示せず失敗。一方The InterceptはDMCAで部分的に勝訴し、Ross Intelligence v. Thomson ReutersではWestlawと直接競合したため公正利用が否定されました。Anthropic訴訟は学習を「見事に(spectacularly)」変容的としつつ、海賊版書籍の利用を『Napster的』と批判——同社は後に著者へ15億ドルを支払っています。欧州ではミュンヘン地裁がGEMA事件で歌詞のモデル重みへの複製を著作権上の複製と認定した一方、ロンドン高裁はGetty対Stability AIで「モデルは侵害複製物ではない」としました。

💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか

日本の事業会社にとって示唆は二つあります。第一に、「学習利用」と「RAG/リアルタイム参照」は法的に別物として扱われ始めている点。社内でLLMを使うSaaS・受託開発企業は、外部コンテンツをRAGで取り込む機能を「学習と同じ免責」と誤解すると危険です。RAG出力は本件で『公衆への伝達』に当たり得ると判断されており、出典表示・利用許諾の設計が競争優位ではなくリスク管理の必須要件になります。第二に、勝敗を分けたのは**「出所の適法性」と「競合関係の有無」**でした。海賊版・無断有料サイトからの取得は各国で一貫して不利に働きます(Anthropicの15億ドル和解が典型)。自社データで学習・RAGを組む際は、契約上の利用可能範囲とログを整備すべきです。メディア・EC・DBサービスを持つ企業は逆に、AI要約が自社サイトへの流入を奪う(Google AI Overviewsでクリック率が15%→8%に低下)局面では「競合による経済的損害」を主張できる立場になり得ます。守りと攻めの両面で、自社コンテンツの出所と競合関係を棚卸しする時期です。

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