何が起きているか

Wiredが報じたのは、書き手側の「文体の防衛戦」です。小説家のLaura Brooke Robsonは昨年、AIマッチングアプリの共同創業者と大規模言語モデル(LLM)時代を生き延びようとするミュージシャンの恋愛を描く『Love Is an Algorithm』を書き始めた際、AIっぽく聞こえないことに特別な注意を払ったといいます。曖昧な比喩を避け、em dashや三点列挙を回避するために「より遠回りな道」を選んだ。彼女はLLMの普及以降、自分の文章は根本的に良い方向へ変わったと語ります。

この文体は、まず「否定」によって形をとります。三つ並べるリスト、受動態、「not x but y」の構文、そしてem dash。AIの手癖として広く認識されたものを消していく。その上で残るのが、一人称の具体的な逸話や奇妙な比喩といった「癖」で、Robsonは意図的な小さな逸脱を「読者へのウィンク」と表現します。人間がここにいる、という署名です。

なぜ重要か

文体の話に見えて、これは信頼のコストの話です。読者はテキストからAI性を検出しようとし、書き手はそれに対して防御的に振る舞う。3月、HachetteはMia BallardのホラーAI利用疑惑を受けて『Shy Girl』を回収しました。Ballard自身は否定していますが、彼女は「文章がより本物で真正に感じられることが最優先事項」だとし、雇った編集者が原稿をAIソフトに通したと主張して、以後は自分で編集していると語っています。Steven Rosenbaumの『The Future of Truth』——まさに「AIが現実をどう変えるか」を扱った本——では、AIが生成した複数の捏造引用が含まれていたことを本人が後に認めました。

疑惑は、事実確認より先に流通します。ここで失われるのは書籍一冊ではなく、書き手の経済的基盤です。

副作用としての表現の萎縮

見落とされがちな論点は、この防衛が表現の選択肢を削っている点です。ヴィクトリア朝文学に影響を受けた複文を書くオーストラリアの小説家Ellena Savageは、「AIは私が大切にしていた統語法をいくつも盗んだ」と述べ、em dashの過剰使用と、あれほど満足感のあった三点列挙が恋しいと言います。では次は二の法則か、五か、七か、10か——と。彼女は自分が「チャットボットについての思考の被害者になってしまった」とも語っています。AIが特定の修辞を「汚染」したために、人間の側がそれを使えなくなる。生成側の統計的な平均が、人間側の表現空間を狭めているわけです。

編集の現場は、逆方向に舵を切っています。University College Londonの名誉教授でありAeonの編集者でもあるRichard Fisherは、AIをきっかけに書き手へ「より人間的に」、より会話的に書くよう促すようになったと述べます。「粗い部分を削り落としたくはない。AIは人間ほど尖った、癖のある文章を書けないからです」。ただし彼は「書き手は自分の作法を変えたくないかもしれないが、変えることを強いられる人もいるだろう」とも付け加えています。

PitchforkのMano Sundaresanは2024年7月、LLMが主流化した時期に編集コンテンツの責任者となり、書き手に「自分自身の声」へ向かうよう促しました。振り返れば、それもAIへの転換から来ていたのかもしれないと彼は言います。同誌の編集陣は書き手にメモを送り、レビュー原稿の執筆にAIを一切使用してはならないと明示し、一人称視点を推奨しました。なお、PitchforkとWIREDはいずれもCondé Nastの傘下です。

Robsonは、AIが文学のカウンターカルチャーを起動しうると見ています。文学的フィクションはさらに奇妙で難解な方向へ進み、商業的フィクションはパーソナライゼーションに取り込まれていく——市場の二極化予測です。

💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか

これはメディア業界の内輪話ではなく、コンテンツを持つ全企業のブランドリスクです。日本企業のオウンドメディア、SaaSのブログ、ECの商品説明文は、この数年でAI生成の平均的な文体に急速に収斂しました。三点列挙で締め、受動態でぼかし、「単なるXではなくYです」で決める——この型は今、読者に「読まなくていい合図」として機能し始めています。SEO以前の問題として、既読スルーされるコストが立ち上がっているわけです。

経営者が取るべき手は三つの領域に分かれます。第一に、開示ポリシーの明文化。Pitchforkのように「どの工程でAIを使わないか」を社内メモレベルで決めておく。曖昧なままだと、Ballardのケースのように疑惑だけで撤退を強いられます。第二に、事実の検証責任の所在。Rosenbaumの捏造引用は、AIの出力を人間が検証しない体制が本人の信用を焼いた例です。数値・引用・固有名詞を通す検証ゲートを、制作フローに物理的に組み込むこと。

第三に、受託開発やコンテンツ制作会社の側では、成果物の差別化軸が「量」から「検証済みであること」「固有の声を持つこと」へ移ります。Fisherの言う「尖った文章」は自動化できない領域であり、そこに単価を置ける。逆に、平均的な文体の大量生産を売っている事業は、価格競争の底が抜けます。自社のコンテンツ予算を、本数からライター個人の固有性への投資へ振り替える判断を��今期のうちに検討すべき段階です。