何が起きたか
Slackが発表した「Slack Code」は、サードパーティのAIコーディングエージェントをSlackのチャンネル内に埋め込む仕組みです。ローンチ時のパートナーはAnthropicのClaude Code、CognitionのDevin、GitHub Copilot、Vercelのエージェント。提供はすべてのSlackプランが対象ですが、各エージェントの利用権は顧客自身が用意する必要があります。
動作はこうです。任意の会話でエージェントをメンションすると、案件ごとの「コードチャンネル」が自動的に立ち上がります。そこではコード差分、ライブプレビュー、進行中のプランが専用タブに表示され、作業が終わるとチャンネルはアーカイブされ、検索可能な監査証跡として残ります。ほかに、同僚と話すように使えるエージェントDM、各セッションの稼働状況と停止ボタンを備えた「Agents」タブ、OAuthと設定を自動化する「Add to Slack」フローも同時に投入されます。Add to SlackはLovable、n8n、OpenAI、LangChain、Airtableなどのプラットフォームからのエージェント配置に対応します。
なぜ重要か
狙いは、AIコーディングを「1人1エージェントの密室作業」から「マルチプレイヤー」に変えることです。Slackの暫定CEOであるRob Seaman氏は「コードはもはやボトルネックではない。アイデア、センス、判断、丁寧さこそがボトルネックだ」と述べ、そこに貢献できる人口をSlackにいる全員へ広げたと説明しています。プロダクトVPのKatie Steigman氏はエンジニアではない立場からPRを出す実例を挙げ、必ずエンジニアをメンションすると語ります。「もう少し締められるはず」といった具体的な技術指摘が返り、エージェントがもう一巡して手の入ったコードを出す——これが同氏の言う品質担保の形です。同氏は可視性そのものが「AIスロップ(雑な生成物)」への防波堤になるとも述べています。
デモが示した射程
CognitionのJeff Wang氏によるデモでは、エンジニアリングチャンネルに不具合報告が投げられると、Devinが絵文字で受領を示し、スレッドで返答し、調査してプルリクエストを作成、コードオーナーをメンションするところまで進みました。Devinは自前のコンピュータを持ち、ChromeとDevToolsで挙動を検証したといいます。途中でデザイナーがFigmaファイルをチャンネルに投げ込むと、エージェントはそれを取り込み、最後はスクリーンショットと録画デモ付きで変更内容を投稿しました。Wang氏は「スケールさせる、監査する、全員に渡す。それはローカルエージェントよりクラウドエージェントの形態のほうがずっと簡単だ」と語ります。実績としてCognition社内では直近数か月でマージ済みPR数が10倍になり、一方で人員は約40%増にとどまったとしています。
現実の温度差とガバナンス
一方で懐疑論には根拠があります。Gartnerは昨年、エージェント型AIプロジェクトの40%超が2027年末までに中止されると予測しました。理由はコスト膨張と事業価値の不明確さです。McKinseyの直近のState of AI調査でも、エージェントを少なくとも試している組織は62%ある一方、AIのスケール段階に入ったのは約3分の1、収益への効果を報告したのは39%にとどまります。
権限設計は現実的です。エージェントは呼び出した人間の権限をそのまま継承し、神権限やボット権限は存在しません。Steigman氏によれば、起動したコードチャンネルにエージェントが受け取るのはトリガーとなった会話の文脈だけです。Devinは隔離サンドボックスで「最小限のアクセス」で動き、インターネット非接続モードも選べます。生成されるのは標準的なGitHubのプルリクエストであるため、既存のリリースゲートとレビュー手順はそのまま効きます。Steigman氏は「最初のPRを上げるまでのハードルが下がるだけで、精査はGitHub側で続く」と整理します。
Slackの立ち位置の転換
背景も見逃せません。Salesforce株は1月までの1年で約18%下落し、Nasdaqに劣後しました。AIが従来型エンタープライズソフトの需要を侵食するのではという疑念が付きまといます。12月にはOpenAIがSlackのCEOだったDenise Dresser氏を最高収益責任者として採用し、プロダクト責任者だったRob Seaman氏が暫定CEOに昇格。1月にはAnthropicのClaudeで作り直したSlackbotを投入し、同社27年の歴史で最速普及の機能になったとしています。2025年半ばにはSalesforceが競合AI企業によるSlackデータへのアクセスを遮断したとロイターが報じましたが、今回の発表はSlackを開かれたプラットフォームとして位置づけ、それらのAI企業をパートナーとして招き入れる方向への転換です。SlackはコードチャンネルのAPIを誰にでも開放する計画で、ソフトウェア開発は最初のユースケースにすぎず、次はマーケティング施策や法務文書レビューの専用エージェントチャンネルを想定しています。
出典: VentureBeat
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
日本企業にとっての要点は「開発ツールの話」ではなく「不具合と要望の流路が変わる」ことです。Wang氏はCognitionのバグの多くが営業チームからSlackで報告され、技術者が直す運用だと明かし、Seaman氏は「そうした声の多くはPMにもバックログにも届いていなかった」と述べました。ECや自社SaaSを持つ事業会社で、CS・営業がSlackで嘆いて終わっていた軽微な不具合こそ、最も直接的な適用対象です。まず1〜2チャンネルに限定し、コードオーナーとマージ権限を明示したうえで試すのが現実的です。
受託開発・SIerには収益構造の問題が来ます。テスト修正・CI/CD・脆弱性対応といった、Wang氏が「自動化で消える」と名指しした工数は、人月単価で請けている領域と重なります。マージは今も人間が必ず通しますが、Wang氏は1年以内に自動化されうると予測しています。工数課金から、要件定義・設計・業務ロジックといった上流とレビュー品質への課金へ、契約形態の組み替えを今期中に議論すべきです。
ガバナンス面は追い風です。エージェントは呼び出した人のACLを継承し、成果物は標準のプルリクエストとしてGitHubに入るため、既存の承認フローを崩さずに導入できます。ただしGartnerの「2027年末までに40%超が中止」という予測どおり、目的なき全社展開は費用だけが残ります。KPIは「導入エージェント数」ではなく、報告から修正までのリードタイムとマージ済みPR数の対人員比に置くべきです。