何が起きたか
NYTを中心とする報道各社が、ChatGPTの著作権侵害訴訟でOpenAIに対し「重大な制裁(serious sanctions)」を求める申立てを提出しました。争点となっているのは、ユーザーがChatGPTに指示して有料記事を再生産(regurgitation)させ、ペイウォールを回避した証拠が数百万件のログに残っているか、という点です。
このログは双方にとって最重要証拠とされます。侵害を立証する側にも、あるいはChatGPTの技術を「変形的なフェアユース」として免責する側にも決定的に働くためです。
「できない」と言いながら、すでに検索していた
報道各社の主張の核心は、OpenAIが「大量のログを検索するのは技術的に困難で、負担が大きく、ユーザーのプライバシーを侵害する」と2年間主張しながら、訴訟前にはすでに同様の検索を実施していた、という点です。
発端は、OpenAIのプライバシーエンジニアであるVincent Monaco氏の再証言でした。「準備不足の証人」と評された同氏は4月の証言で、1,000万件と7,800万件という2つの匿名化済みログのサンプルが存在し、初期段階で原告に提供できたにもかかわらず、2年間その存在すら開示されなかったことを明らかにしました。しかもOpenAIは、著作権コンテンツの再生産をブロックするフィルター研究の一環で、それらのサンプルをNYTコンテンツについてすでに検索済みだったといいます。
「使えない」サンプルと190億件の墨消し
一方で報道各社は、当初要求した1億2,000万件ではなく、重い墨消しが施された2,000万件のサンプルだけを与えられた「サンドボックス」で8か月間の検索を強いられました。OpenAIはこの2,000万件にAIを使って190億件もの墨消しを施し、裁判所はこのサンプルを「使用不能(unusable)」と判断しています。
さらに原告は、OpenAIが保全命令下で保存すべきだった数十億件のログを削除・圧縮したと主張。Monaco氏は「保全命令の遵守は困難だと判断し、遵守のための措置を一切取らなかった」と証言したとされます。
報道各社は、2,000万件サンプルの使用禁止、隠されたログに著作権物の実質的な再生産が含まれていたとの認定、そしてOpenAIが数十億件のログを削除したとの陪審説示という、重い制裁を求めています。
OpenAIの広報担当は、この申立てを「より多くのログへアクセスしユーザーのプライバシーを侵害しようとする遅きに失した試み」とし、NYTが一部の請求を取り下げたことで案件が崩れつつあると主張。これに対しNYT広報のGraham James氏は、請求はマイクロソフトへの請求追加で「整理され強化された」と反論しています。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
この訴訟は「AIベンダーのログ管理」を法務・調達の必須チェック項目に押し上げます。日本の事業会社がChatGPTや各種LLMを業務に組み込む際、注目すべきは技術性能ではなく「入出力ログがどこに、どの粒度で、いつまで保存され、誰が検索できるか」という統制の実態です。OpenAIですら保全命令下で削除・過剰墨消しを行い制裁を求められている以上、ベンダーの「プライバシー保護」という説明を額面通り受け取るのは危険です。
とりわけ受託開発企業とSaaS事業者は当事者性が高い。自社サービスにLLMを組み込む場合、顧客データがベンダー側ログに残り、第三者訴訟で開示対象になり得ます。契約時にログ保存範囲・削除権・監査アクセスをDPA(データ処理契約)へ明記すべきです。EC・メディア企業は逆の立場、つまり自社の有料コンテンツがLLMに再生産される「被害者」になり得る点を押さえ、robots制御と利用規約の整備を急ぐべきです。経営者は「AIは便利だが証拠も残る」を前提に、社内利用ガイドラインへログ統制条項を今から織り込むのが賢明です。