何が発表されたか
Thinking Machinesが、初の大型言語モデル「Inkling」をApache 2.0ライセンスで公開しました。重みはHugging Faceと同社の学習API「Tinker」で入手できます。テキスト・画像・音声をまたいで推論できるネイティブマルチモーダルのMixture-of-Experts(MoE)構成で、総パラメータは9,750億、1トークン生成あたりのアクティブパラメータは410億です。低遅延・低コスト向けに2,760億パラメータの軽量版「Inkling-Small」のプレビューも同時に告知されました。
コストを握る「制御可能な思考努力」
最大の設計思想は、開発者が推論予算をプログラムで調整できる「controllable thinking effort」です。0.2〜0.99のスケールで思考量を指定でき、同社は「同じスコアにわずかなトークンで到達し、コスト/性能カーブ上の任意の点を選べる」と説明します。3,000万ロールアウトに及ぶ大規模強化学習の過程では、結論を変えずに推論ステップを圧縮する「chain of thought condensation(思考連鎖の凝縮)」という創発現象が観測されたとしています。
技術的な独自路線
Inklingは100万トークンのコンテキストに対応し、業界標準のRoPEではなく相対位置埋め込みを採用しています。エンコーダーを持たないearly fusion方式で、音声はdMelスペクトログラム、画像は40×40ピクセルのパッチとしてhMLP経由で直接取り込みます。SGLang、vLLM、TokenSpeed、llama.cppで動かせ、NVIDIA Blackwell向けにNVFP4量子化チェックポイントも付属します。
ベンチマークでの立ち位置
性能は「トップではないが実用域」です。SWE-bench Verifiedで77.6%(Nemotron 3の71.9%を上回る)、VoiceBenchで91.4%。一方でGLM 5.2やDeepSeek V4 Pro、Kimi K2.6といった中国勢は複数のコーディング・推論ベンチで上回り、Claude Fable 5・GPT 5.6 Sol・Gemini 3.1 Proはピーク推論やソフトウェア工学で先行します。Inklingが優位を保つのは主にマルチモーダル領域と、対米ライバルNemotron 3に対してです。
検閲への非追従を前面に
同社はInklingを「検閲対象になり得る話題にも直接答える」設計とし、事実に基づく出力を求める企業を狙うと明言します。CognitionのPropaganda and Censorship Evalでは「検閲非追従の強い傾向」を示しました。ただしロールプレイや間接的に構成された有害プロンプトに応じてしまう傾向もあるとして、Llama Guardなど外部モデレーションの併用を推奨しています。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
検閲非追従と重み公開の組み合わせは、日本の事業会社にとって「データを外に出さずに事実ベースの出力を得たい」ニーズに刺さります。金融・製薬・法務など、クローズドAPIの内容フィルタで正当な業務クエリまで拒否されて困っていた受託開発・SaaS事業者は、Apache 2.0の商用可ライセンスと自社インフラ配備を前提に評価を始める価値があります。とりわけ「制御可能な思考努力」は、推論コストが読めずPoCで止まっていた案件の採算計算を変えます。簡単なクエリは思考0.2、複雑な分析だけ0.99と割り当てれば、トークン課金の暴発を抑えられるためです。ただし過信は禁物で、ロールプレイ経由の有害出力リスクは残るため、経営者はLlama Guard等の外部ガードとログ監査をセットで設計に組み込むべきです。コーディング用途なら中国勢やClaude Fable 5が上回る場面が多く、「オープンで検閲されにくいマルチモーダル基盤」という一点で採否を判断するのが現実的です。