4分の1のサイズで、指標はほぼ横並び
Mira Murati氏(元OpenAI CTO)が率いるThinking Machinesが、初のオープンソースモデルInklingの公開からわずか2週間でInkling-Smallを投入しました。総パラメータは276B、Inklingの975Bに対して約4分の1、同社は本家を「3.5倍大きい」と表現しています。1トークンあたりの活性パラメータは41Bから12Bへ縮小しました。
第三者指標のArtificial Analysis Intelligence Indexでは40対41。Artificial Analysisは、同等以下のサイズのオープンウェイトモデルでこれを上回るものはないとしています。さらにSWE-bench Verified(80.2%対77.6%)、Terminal Bench 2.1(64.7%対63.8%)、SciCode、Humanity’s Last Exam、GPQA Diamond、CritPtでは本家を追い越しました。
構造は42層デコーダのスパースMoEで、トークンごとに256の専門エキスパートのうち6つ+常時稼働の共有エキスパート2つにルーティングされます。テキスト・画像・音声を共通表現に射影してデコーダで一体処理する「ネイティブ・マルチモーダル」で、コンテキストは最大100万トークン。推論の深さ(test-time compute)をタスク難度に応じて開発者側で増減できる点も特徴です。
効いているのは「モデルの大きさ」ではなく「作り方」
同社は改善の内訳を、事前学習データ配合の見直し、機械学習レシピの変更、そしてInklingを教師としたon-policy蒸留、さらに2週間のエージェント型コーディング強化学習だと説明しています。研究者のHorace He氏はXで、Inklingの公開が「村総出」だったのに対しInkling-Smallは同じパイプラインに小さいモデルを通しただけで「まだタンクには余力がある」と述べました。
ここが読みどころです。フロンティアモデルを一度作った企業が、その蒸留パイプラインを回すだけで4分の1サイズの準フロンティア級を量産できる、という工程の再現性が示されました。モデル単体の性能より、この「刻み幅の細かさ」のほうが調達側には影響します。
得意と不得意は、はっきり分かれている
万能ではありません。事実知識と一部のエージェント業務では本家が明確に優位で、金融系エージェント評価のτ³-Bankingは15.5%対23.7%と差が開きます。AA Omniscienceのスコアはマイナスです(ハルシネーション率自体はわずかに低い)。事実の正確性が問われる領域では、検索(RAG)・検証・人間レビューを外せません。コーディングとエージェント実行は小、事実照会は大、という使い分けが素直な設計解です。
「小さい」は「手元で動く」を意味しない
BF16チェックポイントは合計600GB以上のGPUメモリを要求し、対応構成はNVIDIA B300×4またはH200×8。量子化版のNVFP4で約180GBまで下がり、B300単体(W4A4)またはH200×2(W4A16)で動きます。それでもノートPCやMacBook、ゲーミングPC、一般的な開発ワークステーションでは動きません。現実的な設置先はエンタープライズGPUサーバ、クラウドクラスタ、推論専業ベンダーです。
重みはHugging Faceで全量公開され、SGLang、vLLM、TokenSpeed、Unslothに対応。ファインチューニングは同社のTinker API経由。APIは64Kコンテキスト版で入力100万トークンあたり0.58ドル、出力1.44ドル、学習1.73ドル、キャッシュ済み入力0.116ドル(公開時は期間限定で50%割引)。256Kコンテキスト版は上位価格帯です。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
注目すべきはベンチマークよりライセンスです。Inkling-SmallはApache 2.0で、利用・改変・追加学習・再配布・自社プロダクトへの組み込み販売まで、表示義務を守れば可能です。同じ週にMoonshotがKimi K3の重みを公開しましたが、こちらは売上閾値やブランド表示、用途制限などを含む独自「オープン」ライセンス。SaaS事業者や受託開発会社にとって、この差は法務レビューの往復回数とリリース時期に直結します。プロダクトにモデルを同梱して売る計画があるなら、Apache 2.0であることは技術評価の前段で効く与件です。
国内事業会社への実務的な含意は3つ。第一に、コーディング支援や社内エージェントを内製している開発組織は、SWE-bench Verified 80.2%という水準がAPI経由0.58ドル/100万入力トークンで、しかも自社インフラ運用も選べる形で来た点を再評価すべきです。第二に、金融・保険・医療のように事実精度が要件になる領域では、τ³-Banking 15.5%とAA Omnisienceマイナスという弱点をそのまま受け入れず、RAGと人手検証を前提に上位モデルとの併用設計にすること。第三に、オンプレ志向の企業は「4分の1サイズ」に期待しすぎないこと。最小でもNVFP4で約180GB、B300 1枚クラスの投資が要ります。今期の打ち手としては、Tinkerでの追加学習で自社ドメインの差分を作れるか、小規模PoCで見極めるのが費用対効果に見合います。