何が起きたか
Anthropicは2026年9月1日にClaude Fable 5.1とMythos 5.1を公開し、「コーディング、ナレッジワーク、長時間の問題解決タスクにおける新たな標準を打ち立てる」と表明しました。発表で目立つのは科学研究領域の強調で、8月27日に初公開されたばかりのTerminal-Bench-Science 0.1で52.6%を記録しています。比較対象はFable 5が24.7%、Opus 5が29.0%、GPT-5.6 Solが22.4%。倍増レベルの差がついた一方、他のベンチマークの伸びは小幅にとどまりました。
この新モデルに対し、Simon Willison氏は自身の「ペリカンが自転車に乗るSVG」ベンチマークを回しています。同氏は7月の投稿で、このベンチマークがモデル全体の品質と相関するという前提は2025年ほど成立しなくなったと書いており、現在の使い道は「同一ファミリー内の比較」と「同じプロンプトに対するreasoning effortの比較」だと位置づけ直しています。今回はまさに後者の用途です。なお実行前に、reasoningトレースが正しく記録されないllm-anthropicの不具合を修正した上で計測しています。
数字が示す「effortの断層」
結果は連続的な向上ではなく、明確な段差でした。
- low: 1,998トークン / 23.8秒 / 10.017セント
- medium: 1,977トークン / 23秒 / 9.912セント
- high: 2,612トークン / 29.6秒 / 13.087セント
- xhigh: 36,767トークン / 7分51秒 / 1.83ドル
- max: 65,927トークン / 13分54秒 / 3.30ドル
lowとmediumでは要約されたreasoningトークンがトランスクリプトに一切現れず、このプロンプトに関しては両設定とも推論を実質スキップしたと見られます。mediumはlowより21トークン少ないという、誤差同然の差でした。highでもわずかな推論が出るだけで、成果物はlow/mediumとほとんど変わりません。つまり実務的には、low・medium・highは「ほぼ同じ挙動の3つのラベル」でした。
断層はxhighで訪れます。出力トークンは一桁増え、実行時間とコストも桁が変わります。maxでは、氏が「Anthropicのモデルで見た中で最良のペリカン」と評する成果物が出ました。背景が上品に描かれ、脚がフレームの両側に分かれ、足はペダルに乗り、翼はハンドルに置かれ、青い帽子をかぶり、魚の入ったバスケットまで付いています。
興味深いのは推論の中身です。maxのトレースには「ヘルメットとペリカン特有の冠羽のどちらを描くか」を天秤にかけ、「くちばしは(484,84)にあるのでドーム型ヘルメットと重なる、ヘルメットを頭頂部だけに縮めて弧の端点を高く狭く調整する」と座標レベルで衝突を解消し、「フロントフォークの制御点が後ろに引っ張られている、正しいレイクにするには右にずらす」と自己修正する記述が並びます。ハンドルバーのベルやタイヤのハイライトは「不要」として自ら切り捨ててもいます。時間とコストは、この設計判断と手戻りの反復に費やされていました。
5段階のうち、実際に意味があるのは何段階か
氏はGemini 3.7 Flashほどの華はないとしつつ、「華は頼んでいない、SVGを頼んだのだからこれでいい」と評価しています。ここが重要な論点です。今回の5段階は品質を滑らかに調整するツマミではなく、「推論しない領域(low/medium/high)」と「深く推論する領域(xhigh/max)」の二つのモードに近い振る舞いを見せました。しかもFable 5.1には推論を完全にオフにする選択肢がありません。
後日談も示唆的です。Hacker Newsでswalsh氏が「解けたベンチマークならアニメーション版も見たい」とコメントしたのに対し、氏はもう3ドルを使う代わりに、llm logs -cx | llm -m claude-fable-5.1 -s 'animate this'というコマンドで既存のMaxペリカンをデフォルトのHighに流し込みました。入力6,121トークン、出力26,201トークン、1.37ドルで完成しています。ゼロから最高effortで作るより、高effortで作った資産を低effortで加工するほうが安い——コスト設計上の実務的な示唆です(アニメーションは動画で公開されましたが、MP4変換の副作用で車輪が逆回転して見えるとのことです。元のSVGでは正しい方向とのこと)。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
経営として押さえるべきは「effortの選択がそのまま原価になった」という一点です。同一プロンプトでlowとmaxのコスト差は約33倍、所要時間差は35倍。AI機能を組み込む事業では、モデル選定と同じ重さでeffort設定の設計が損益を左右します。
特に影響が大きいのは受託開発とSaaSです。受託側は、見積もりに「どのeffortで何回叩くか」を前提として明記しないと、精度改善要求のたびに原価が桁で膨らみます。SaaS側は、xhigh/max相当の処理を従量課金なしのプランに載せた瞬間に粗利が溶けます。1リクエストが8〜14分かかる以上、同期UIには載せられず、非同期ジョブ+進捗表示という設計変更まで波及します。
ECやカスタマーサポートのように件数が多く1件あたりの価値が小さい領域では、low/medium/highがほぼ同一挙動だった今回の結果はむしろ朗報です。高いeffortを指定しても効かないタスクにコストを払っていないか、実データで検証すべきです。逆に、法務レビューや技術設計書のように1件の判断価値が高い業務では、13分3.3ドルは十分に安い。
事業責任者が今週やるべきは、自社のAIユースケースを「1件あたりの価値」で二分し、低価値・高頻度側はlow固定、高価値・低頻度側のみxhigh以上を許可する運用ルールを敷くことです。加えて、高effortの出力を資産として保存し、以降の加工は低effortで回す——氏が3ドルの再実行を1.37ドルで回避したのと同じ発想が、そのまま自社の推論コスト削減策になります。