何が起きたか

米アトランタの丘陵地帯に住む筆者は、賞与を元手に婚約者とそれぞれ約2000ドルのeバイクを購入しました。婚約者のバイクは数日で届いた一方、別の小売店で買った筆者のバイクは配達が繰り返し遅延。ある水曜の夜、自宅でチキンを調理していた筆者のスマホに、FedExから「配達完了・受領サイン済み」のテキストが届きます。しかし玄関前に荷物はなく、注文確認には建物内の誰とも一致しない「M.M.」というイニシャルの署名が記録されていました。

ここから筆者の「2000ドル問題」が始まります。FedEx、自転車会社、銀行、クレジットカード会社、そして地元警察まで——問い合わせ先のほぼすべてがチャットボット主導のサポート体制で、筆者は数カ月にわたり「人間に繋がる」ことすらできませんでした。FedExのAIは有人対応の要求を無視し、警察署までもがチャットボットへの情報入力を促したといいます。

なぜ重要か

これは一個人のトラブル談ではありません。企業はコスト削減を目的にサポート業務へAIを急速に導入し、人員を置き換えています。4月の調査では、カスタマーサポート責任者の31%がAI導入を理由に人員を削減済みまたは削減予定と回答。VerizonのCEOダン・シュルマン氏はBloombergに対し、AIが同社サポート業務の大部分を置き換える可能性が高いと述べています。

「スラッジ」の増幅

業界には、顧客が解決を諦めるよう意図的に手続きを煩雑にする「スラッジ(sludge)」という手法があります。エモリー大学のライアン・ハミルトン氏は「スラッジはAI以前から存在したが、AIは他のすべてと同様、そのディストピア的性質を一段と加速させた」と指摘します。返金や調査を求める顧客をAIの壁で足止めすれば、企業は支払いを回避できる——AIは効率化の顔をした「解決させない装置」にもなり得るのです。

実際、5月の米英加の消費者調査では59%がAIサポートに不満を持ち、85%が生身の人間との対話を望むと回答しています。

💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか

日本企業でもEC・SaaS・受託開発を問わずサポートのAI化が進みますが、この事例は「解決率」を見ずに「対応工数」だけで導入するリスクを示します。EC・D2C事業では、高額商品ほど紛失・不達・返金の一件が解約とSNS炎上に直結します。有人エスカレーションへの明確な導線がないチャットボットは、CS費を削っても顧客生涯価値(LTV)を毀損します。SaaSでは、解約検討層こそ人間対応を求める層であり、AIで囲い込むと解約が加速しかねません。受託・BPOにとっては、単なる工数削減ではなく「AIが弾いた案件を確実に人間へ渡す設計」自体が差別化商材になります。経営者・事業責任者が今すべきは、AI導入のKPIを「対応数の削減」から「一次解決率」と「有人到達率」へ組み替えること。85%が人間を望むという事実は、有人窓口の残置が競争優位になり得ることを意味します。日本の景品表示法・特商法の観点でも、返金請求を実質的に妨げる導線は法的リスクを孕みます。

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