何が起きたか
ナレッジワーカー向けの「AIファースト」ブラウザを掲げるPolarが、Madrona主導で570万ドルのシードラウンドを調達しました。CEOのKevin Jiang氏は、以前Perplexityで同社のブラウザ「Comet」に携わっていた人物です。
Polarでは、ワークフローをスケジュール実行したり、プロンプトを保存したり、開いているタブをもとにエージェントへタスクを割り当てたりできます。同社は非技術者でも扱えるとし、営業、採用、マーケティング、リサーチ、業務オペレーションでの利用を挙げています。料金は無料で使える枠にAIタスク用の1日数クレジットが付き、上限を上げたい場合は月20ドルからのサブスクリプションに移行する形です。
ラウンドには、GitHub元CEOのThomas Dohmke氏、Phia創業者のPhoebe Gates氏、Modal CEOのErik Bernhardsson氏、Flapping Airplanes共同創業者のBenjamin Spector氏、Etched共同創業者のRob Wachen氏、Fundamental Research Labs共同創業者兼CEOのRobert Yang氏らが参加しています。
なぜ重要か
2025年は、大小さまざまな企業が「インターネットを見る入口」を握ろうとAIブラウザを量産した年でした。しかしその後の顔ぶれは大きく変わりました。OpenAIのAtlasはすでに存在せず、The Browser CompanyはAtlassianに売却され、同社のDiaは生産性ユースケースに軸足を移しています。Firefoxはオフスイッチを用意してAI機能とのバランスを取ろうとしましたが、それでも批判を受けました。
つまり「検索の代替」としてのAIブラウザは、少なくとも単独の事業として成立しにくかったということです。Jiang氏の見立ても同じ方向で、第一波のAIブラウザはデフォルト検索を置き換え、タブと会話して旅行予約のようなタスクをこなすことを狙ったが、長期的には弱い提案だったと述べています。彼の言葉を借りれば、一般消費者は毎日・毎週フライトを予約したりレストランを予約したりするわけではなく、AIブラウザへ移る強い引力がなかった、というわけです。
今年、争点はエージェントと自動化に移っています。Strawberry、Browser Use、Asideといったスタートアップがエージェント寄りのブラウザを作り、PerplexityのCometもブラウザエージェントの提供へ向かっています。Polarはこの流れの中で、最初から「マス消費者は狙わない」と宣言している点が特徴です。
「ログイン済みのWeb」という参入障壁
MadronaのパートナーSabrina Albert氏は、ナレッジワーカーのタスク自動化は巨大な市場であり、難しいのはオープンでログイン済みのWeb上で本当に信頼できるエージェント動作を作ることだと指摘しています。ここが今回の投資テーマの核心です。
APIで繋がる世界の自動化は、すでにiPaaSやRPAが長年やってきた領域です。一方で、実務のかなりの部分はAPIのない、あるいはAPIでは触れない画面の内側にあります。求人媒体の応募者一覧、広告管理画面、SaaSの管理コンソール、取引先のポータル——いずれも「ログインしていること」が前提です。ブラウザを自社で作る強みは、ユーザーがサイトとどう関わっているかを理解できること、そしてユーザーがすでに多くのサイトにログイン済みであるため、よく使うサービスへアクセスできる点にある、というのが同社側の説明です。
興味深いのは、Polar自身が「日常のメインブラウザ」の座を今は取れていないと認めていることです。同社によれば、現在のユーザーの多くは別のブラウザを普段使いにしながら、タスク自動化のためにPolarを使っています。同社のゴールは自動化のツールになることであり、今はブラウザがその最良の手段だと考えている一方で、コンピュータ操作(computer use)など他の道筋にも開かれているとしています。ブラウザは目的ではなく、当面の器という位置づけです。
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
日本企業の実務担当者が日々こなしている作業の多くは、SaaSやポータルの「ログイン後の画面」に閉じています。求人媒体の応募者確認、EC事業者のモール管理画面や広告ダッシュボードの日次チェック、SaaS営業のリード調査とCRM転記——APIが無い、もしくは契約プランでAPIが開かれていない領域です。Polarが月20ドルからという価格で狙うのはまさにここで、経営から見れば「人月で埋めていた画面作業」の単価が崩れる可能性を示します。
役員が今すべきなのは全社導入の検討ではなく、業務の棚卸しです。自社の定型作業を「API連携で自動化できる/ブラウザ操作でしか触れない」に分類し、後者の工数を可視化してください。そこが従来RPAの高コスト領域と重なるなら、エージェント型ツールの検証価値は高い。ただしPolar自身のユーザーが別ブラウザを併用している事実は、信頼性がまだ本番運用水準に届いていない示唆でもあり、まずは請求・発注のような不可逆な処理を外した業務から試すのが現実的です。
受託開発・SIにとっては両面です。管理画面の手作業を前提にした運用BPOの売上は侵食されます。一方、Albert氏が難所と認めた「ログイン済みWebでの信頼性」は、権限設計・監査ログ・エージェントの操作範囲制御という形で新しい受注テーマになります。SaaSベンダー側は、自社画面をエージェントに操作さ��る前提でレート制限と規約を今のうちに見直すべきです。