何が語られたか
VentureBeat主催のVB Transform 2026で、SAPのシニアソリューションアドバイザーMax McPhee氏が、VentureBeat ResearchのリードアナリストRob Stretchay氏と対談しました。テーマは「アシスタント止まりのチャットボット」から「実際の業務プロセスを実行する自律AIエージェント」への移行です。
McPhee氏の主張は明快です。両者を分けるのは、エージェントを企業固有の文脈(エンタープライズコンテキスト)に根付かせられるかどうか。汎用的な知識で答えるだけなら「アシスタント」ですが、自社の文脈を与えたときに初めて「同僚のような」振る舞いが立ち上がる、というわけです。
なぜ「文脈」が決定的なのか
氏はエージェントの導入を「新入社員のオンボーディング」に例えます。ただし人間向けの手順をそのまま使うのではなく、ソフトウェアが情報を取り出しやすい形に調整する。具体的には、ナレッジグラフとベクトル埋め込みデータです。これらはエージェントが情報を検索・取得しやすい形式で、社内の略語や暗黙知(トライバルナレッジ)を渡す器になります。略語を聞かれて「その頭字語は何ですか?」と聞き返すチャットボットとの差はここに出ます。SAPの世界は略語が多く、この問題が特に深刻だといいます。
SAPが押さえるガバナンスとML
「50年続くプロセス企業」を自認するSAPが強みとするのが、ガバナンスとプロセス制御です。エージェントがもたらす柔軟性を扱えるよう、統制の仕組み自体を近代化しているとします。
注目は「機械学習の復活」という表現です。プロセスの中でエージェントを動かしつつ、異常検知やMLベースの検証をガードレールとして重ねる——これはSAPが承認レコメンドで使ってきた手法と同じ考え方です。権限面では、人間ユーザーとアシスタント「Joule」の双方が権限を持たなければシステムにアクセスできない設計になっており、ユーザーがS/4の権限を持っていてもJouleに権限が付与されていなければJnoule経由ではアクセスできません。エージェントがアクセス制御を迂回できない仕組みです。
「自社の10%」問題と買収戦略
McPhee氏の仕事の多くは、SAPの知識を顧客のカスタマイズや非SAPシステムとすり合わせることに費やされます。多くの顧客が「SAPは自社ランドスケープの約10%に過ぎない」と言うからです。残り90%を地図化するため、SAPはアーキテクチャの「Googleマップ」と称されるLeanIXと、プロセスマイニングのSignavioを買収。さらにベルリンの自動化企業n8nに投資し、意図ベースのローコード環境「Joule Studio」にネイティブ統合しています。
氏の警告は象徴的です。古いオンプレミス基盤を近代化しなければ、エージェント拡大時にスループットの限界にぶつかる。「ダートコースでフェラーリを走らせるようなもの。まずコースを舗装せよ」というわけです。
(本記事はVentureBeatがSAPと連携して制作したスポンサードコンテンツを事実として参照しています)
💼 事業会社視点:これは自社にどう効くか
日本の大企業、とりわけ基幹システムにSAPを使う製造・流通業の経営層にとって、この対談は「AIエージェント投資の順序」を突きつけます。まず着手すべきはモデル選定ではなく、自社の暗黙知・略語・業務プロセスを構造化したナレッジグラフとベクトルデータの整備です。ここが空のままエージェントを載せても「賢いチャットボット」で止まります。
SaaS事業者や受託開発企業には、二つの示唆があります。一つは「顧客の10%問題」——SAPですら顧客ランドスケープの1割。自社製品も同じで、非自社システムとの接続と業務文脈の地図化を提供できる者が選ばれます。LeanIX的なアーキテクチャ可視化やSignavio的なプロセスマイニングの需要は、統合・可視化を担うSIerにとって商機です。
情シス責任者への実務的示唆は「オンプレ近代化を先送りするな」。エージェントの本番拡大は既存基盤のスループットで頭打ちになります。ガバナンス面では、人間とエージェント双方に権限を要求する二重認可の設計思想を、自社のアクセス制御にも今から取り込むべきです。